森の中 (作:水原紡)
常陸の国に、ある一族があった。
その姓を、朝倉、という。戦国大名として知られる越前朝倉氏との関連を示す資料はない。おそらく無関係であろう。
家紋は丸に桜であるが、これは江戸に入ってからのものであろうか。
鎌倉から戦国に至るまで、桜紋は武家に嫌われていた。桜の花の寿命が短いのを嫌ったのである。後に言われる滅びの美学は、後世の後付けにすぎない。
あるいはこの紋、神社の影響やもしれない。何故というに、同じ丸に桜を神紋とする神社が常陸に現存するからである。
ともかくも、朝倉という家が常陸にあった。
この時期、当主を務めていたのは朝倉善満という人物であった。彼の子には二人とも美の字が付けられているが、彼の名にはないところを見ると、特に朝倉の通字というわけではないのだろうか。もしくは、分家から入った人物なのかもしれない。
ここに記すのは、彼の代にあった出来事の話である。
『森の中』
深い闇の中に、一人の少年と、その親であろう男が居た。
森の奥。がさがさと樹が揺れる音。奇妙な声。
……そう、奇妙な声。
「そこか!」
少年が振り向く。白い光。断末魔。
あまりに一瞬の出来事。
「……また腕を上げたようだな、美利」
男の呟きに、美利と呼ばれた少年は答える。
「いいえ、まだ父上には敵いません」
「何を言う。お前の年の頃の儂と比べたら雲泥の差だ」
それに比べて、とため息を一つ。この男が時の朝倉家当主、朝倉善満である。
「それにひきかえ、美景のやつは……」
続けてため息をもう一つ。
「父上、そんな言われようは……」
美利が憮然とした表情で言葉を発したとき。
矢音が一つ。二つ。三つ四つ。
闇の中から、走るように矢は飛んで。
身を躱した後に突き刺さり、カカッ、っと音を立てる。
「……届かんか……っ」
善満の無念の声。
美利は、闇に向かって走り出していた。
何故このような森の奥にこの二人はいるのか。
それは、朝倉の血が持つ力のためだった。先に美利が見せた力。妖を払う、破邪の力。
一族に代々受け継がれる力で、善満の長男、朝倉の継嗣たる美利はこの力が特に強かった。 一方、次男たる美景には齢13となってもこの力は発現せず。これが冒頭の会話につながる。
その力には探知の類も含まれており、その網に邪気が掛かったことで、見過ごすわけにはいかない、というわけでこの森へと分け入ったのだった。
力を持った者は分家の溝江、鳥羽にも幾足りかはいたが、掛かった大きさが普段とは違い。
なまなかな実力では返り討ちにも遭おう、足手纏いにもなろう、と同行させずにいた。
……普段。普段から、この辺りには妖の類が出やすいのだった。それ故に、無用の力とされることなく朝倉の家は尊崇の対象となっていた。むろん、実態と何ら関わりのない風聞も星の数ほど流れては居たが。
逆を返せば、妖が出やすいが故に朝倉はここに居を構えた、とも言える。
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美利が走り出したのとやや違った方向へと善満は走り出す。相手が使うが飛び道具なら、分散させたほうが都合がいい。
力の絶対量こそ美利の高さに及ばないが、そこは経験の差である。まだ遅れはとらない自信はあった。
案の定、初撃と比べて矢の数は遙かに減り。こちらが移動している分もあり、躱すのは先ほどより遙かに容易だった。
気配の方向を辿り、そちらへ力を打ち出す。手応えは期待しない。距離を詰めるための囮だった。
一気に踏み出そうとした瞬間。違和感を覚え横に飛ぶ。
絡繰り仕掛けの罠、だった。体を掠める矢。
体勢を崩したところに、飛礫の雨が飛んできた。防ぐこともままならず、痛みに顔を顰める。
そこに、狙い澄ました一矢が飛んできた。
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感じ取った気配に向けて一直線に美利は走り出した。しかし、地形に先を阻まれ、結局大回りする羽目になる。
「まだまだ未熟ということですね……」
呟いて、また走る。妖は気配を隠そうとしていたが、美利にははっきりと存在が感じられた。そこを目指し、走る。ひた走る。
……不意に、足下の手応えがなくなった。
浮遊感。……落とし穴などという古典的な罠にひっかかったと気づいたのは一瞬後になってからだった。
上半身は穴の外に出るぐらいの浅い穴だが、それでも穴の外に出るには苦労する。
穴を出た瞬間、狙い澄ました一矢が飛んできた。
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心の臓を狙った一矢。善満は、身動きできずにいた。否、しなかった。
胸元には護符が入っていた。並の矢の一本で突き通せるものではない。下手に動けば却って血を流すことになりそうだった。
案の定、矢は護符のところで止まった。それを見てから転がって距離を詰める。
捉えた。刀を抜き放ち、気を込めて振り下ろす。
確かな手応えがあった。だが、まだ油断はできなかった。
矢は、四本飛んできていたのだから。
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矢を屈んで躱した美利に、もう二本の矢が飛んできた。
腕に掠り、傷が開く。痛みを堪えて体を低くしたまま走り、近づいて力を放出した。
一体を倒した手応え。二体目が斬りつけてくるのを脇差で受け、切り結ぶ。
「破邪顕正……っ」
隙を見て撃ち込んだ光が、斬り結んでいた相手を飲み込んだ。
なぜか動きを見せないもう一体を探して振り返ると。
善満が、そのもう一体の胴を薙いだところだった。
//
「最近、続きますね……」
帰りの道中、美利が呟く。
「ああ。だが、これが我等の負うべき定めだからな」
善満は答え、
「だから、美景には……」
続けて言おうとして、言葉を飲み込んだ。
怪訝そうな顔を美利がするのに、善満はいや、いい、と手を振る。
朝倉美景が家を出奔する、三年前の出来事だった。
fin
- 作者様より -
きっかけ:とりあえず善満さんが書いてみたかった。
とりあえず、隊士記より前のストーリーになります。
たぶん三年ぐらい。
丸に桜の神社は常陸二の宮になります。
家紋の本なんか読んだのでつい長々と。
つたないものですが楽しんでいただければ幸いです。
//ここから微妙な話
書き上がったのが23:35。戦闘シーンとかに苦しめられました。
ラストが微妙なのが心残りですが、とりあえず今の私は粘ってもこれが精一杯だと思います。
頑張ります。