Je te souhaite que mon sentiment arrive. (作:真波青)
いつだって、いつだってお前はそうだ。
……あいつもそうだったけど。
多分、きっと俺に余裕が無く見えるのが理由なんだろうけどさ。
そういうのって、結構寂しいもんだぞ?
たまには、おにーさんに頼りなさい。
なんてジルみたいには言えないけど。
それでも、伝わればいい。
お前に。
伝わらなくて、解り合えなくて、失ってから嘆くのはもうごめんだから。
『Jetesouhaitequemonsentimentarrive.』
復興が進む街並み。
喧騒の中、友を見つけたのは偶然だった。
小さな露天の前、やけに真面目な顔をしてしゃがみこんでいる。
「あれ?……リュヌ何してんだよ。」
覗き込む手の中、握られていたのは可愛らしいリボン。
ちょうど選び終わり、勘定を済ませたところらしく、笑顔の店主からそれを受けとっていた。
「お、何だ何だコレットにでも送るのか?」
ふるふると無言で首を横に降るリュヌに、首を傾げる。
……んー、確かにこの色じゃコレットの髪の色には映えないな。
じゃあ、別の……。
「……姫様か、それとも……。」
からかう声にリュヌは、ただ、ただそっと笑うだけだった。
「……ってわけでさ、リュヌがアクセサリー買ってたんだ。」
「へぇ、リュヌにそんな相手がいたなんてねぇ、妬けちまうな。」
くるり、パスタを掬い上げながら、ニヤニヤと意地の悪い顔でジルが笑う。
「そうそう、珍しいからさ、結構しつこく聞いたんだけど、リュヌのやつ最後まで教えてくれねーんだよ。」
水臭いよなー。そんなことを言いながら俺も笑った。
訓練も終わった夕食の時間。
食堂の真ん中、ジルとコレットの向かいに座り、昼にあったことを話す。
リュヌはアリス様に呼ばれていて、少し遅くなるらしい。
「それで、どんなリボンだったの?」
コレットが嬉々として身を乗り出してくる。
本当に女の子ってこういう話が好きだな。しみじみ思う。
「飾りの少ない黄色のリボンでさ、ちょっと長い感じの……。」
「……リボン?黄色の?」
すとん、とコレットが椅子に腰を下ろす。
「どうせプレゼントするなら、もっと、こう派手な奴とかでもいいのになー。」
笑う俺の声に、コレットはなんともいえない顔をした。
泣き出す前の、迷子の子供のような。
「ど、どうしたんだよコレット。」
焦る。何かマズイことでも言ったのか?
視線を上げたコレットの揺れる瞳と目が合わさる。
「たぶんね、それ、ソレイユちゃんにだと思う。」
コレットから滑り出した声は酷く優しいものだった。
「ソレイユ?」
聞いた事のない名前に、コレットの次の言葉を待つ。
「リュヌのね……妹。」
掠れる声で囁かれた言葉に、息を呑む。
話にだけ聞いた、リュヌの妹。
真紅の髪の、しっかり者の、ちょっと気の強い、そんな子だといつか聞いた。
リュヌの。
いつも笑顔で、長い髪をお気に入りのリボンでいつも結っていたと聞いた。
妹。
亡骸さえも、葬れなかったと、そう聞いた。
リュヌの、いもうと。
「……もうすぐ、誕生日だから。」
ソレイユちゃんの。
私、忙しくて、気付かなかった……ソレイユちゃんの誕生日なのに。
呟き、きつく握り締められたコレットの指先が、わずかに白くなる。
沈黙が降るテーブルに、カタン、と音を立ててトレイが置かれた。
「お待たせー。」
お腹すいたねー、なんてそんなとぼけた言葉を言いながら微笑うリュヌがそこにいた。
視線が集まり、リュヌは怪訝な顔をする。
「?みんな、どうしたの?」
不思議そうにそう言う彼の顔が、少しだけ寂しそうなのは、俺の勝手な想像だろうか。
「リュヌ!!」
「へ?……わっ……ちょ……フォルテュナ!?」
突然抱きついた俺にリュヌは目を白黒させる。
からかってごめん、とか。
そんなときぐらい、泣けよ、頼れよ、俺のが年上なんだからとか。
ぐるぐると自分の中で言葉が回ってはじけるけれど、どうしてか口からは出てこない。
だから、きつくきつく腕に力を込める。
どうか、僅かでもいいから。
お前が寂しくないように、伝わればいい。
熱でも、思いでも。
たった一人分の友情なんかじゃ、埋まらない隙間だろうけれど。
少しでも、その寂しさが塞がるように。
便乗するかのように俺の脇からジルも抱きついて、しまいにはコレットも抱きついてきて。
真っ赤になったリュヌが叫びだすまであと少し。
いつだって、いつだってお前はそうだ。
……あいつもそうだったけど。
多分、きっと俺に余裕が無く見えるのが理由なんだろうけどさ。
そういうのって、結構寂しいもんだぞ?
たまには、おにーさんに頼りなさい。
なんてジルみたいには言えないけど。
それでも、伝わればいい。
お前に。
伝わらなくて、解り合えなくて、失ってから嘆くのはもうごめんだから。
そんなことを考えながら、俺は遠い昔のようなすぐ昨日のようなある出来事を思い出していた。
沈む夕日。
潮風を頬に受けながら、何処を見るでもなく佇む。
小さな墓石の前、供えられた花冠の花弁が冷えた風に攫われ散ってゆく。
「また、ここに来てたのか。」
呆れたような声に振り向くと、声から感じたとおりの表情をしたジルが立っていた。
いつものふざけたような表情じゃなく、ひどく真剣な様子で。
「なんだよ。」
搾り出すように出した声は、自分でも驚くほどに昏く響く。
聞いた声にわざとらしく盛大にジルはため息を吐き、俺のすぐ脇に座り込んだ。
「……おせっかいはしたくなかったんだがな、辛いのは分かるけど、お前もう少し頭冷やせ。……あれからどれだけ経ったと思ってるんだ。」
言われた言葉にスッと身体の芯が冷える。
何が分かる、とそう叫びかけた。
「ベルと一番長かったのはお前だ。仲良かったのはお前だ。それはみんな知ってる。」
反論を許さないように碧眼が眇められる。
「……だけどな、リュヌやコレットに気使わせてどうするんだよ。自分達の住んでた村焼かれて、知り合い、両親、たったひとりの妹、全部喪ってその傷もろくに癒えないうちにダチも喪って。」
まっすぐに合う視線を逸らせないのは、それが正論だからだ。
でも、それでも。
「悲しむなとは言わねえよ、だけどな、お前のほうが年上だろう、今のままじゃあいつらのほうがよほど大人だぜ?」
「……われなくても!言われなくてもそんなことは解ってるよ!」
握り締めた拳から血の気が引いていく。
「解ってねぇから、こうやって柄にも無いおせっかい焼きに来てんだよ。……もうすこし回りみろよ、じゃねぇとそのうち後悔するぜ?」
噛み締めた唇から血が滲む。
知ったような口を利くなよ。
叫びたくなるそんな台詞を口にしないように、俺は無言で踵を返す。
叩かれた舌打ちとため息を背に。
解っているといいながら、ジルの言葉通り俺が心底後悔するのはわずか数日後のことだった。
「リュヌはっ!?」
飛び込んだ部屋の中、振り返るコレットとジル。
そしてその脇の寝台には、横たわるリュヌ。
その光景に、息が止まるかと思った。
「っ……リュヌは、」
「大声だすんじゃねーよ、……寝てるだけだ。」
瞳を閉じたリュヌの額にかかる前髪を指先で払い、ジルが小さく詰めていた息を吐く。
その表情には悔恨が色濃く映る。
「何があったんだよ。」
訓練が終わり、いつものようにベルに会いに行った帰り、通路で聞かされたのは出かけていたリュヌが怪我をして帰ってきたというそれだけだった。
憔悴した顔で、コレットが呟く。
「マティアスさんに頼まれて、また鉱石を取りに行ったの。……そこで戦闘中、石が降ってきて、それに気をとられて……。」
「ふたりで行ったのか、なんで俺のこと呼ばなかったんだよ。」
知らずきつい口調になる。
そんな俺の言葉に答えたのは、いつになく怖い表情をしたジルだった。
「リュヌが言ったんだと。フォルテュナはベルのところに行ってて、邪魔しちゃ悪いから、二人で行こうってな。かわりに俺が付いていくかと声を掛けたんだが、12班で頼まれたことだからって断られた。」
言わんこっちゃない。
そう言うジルの瞳は、傷ついたリュヌではなく、明らかに俺を責めていた。
数日前に言われた台詞が、思い浮かぶ。
「……ふたりとも疲れてるだろ、あとは俺が付いてるから休めよ。」
まっすぐに俺を見つめるジルから逃れるように、寝台脇に椅子を置き、リュヌの手を握った。
沈黙が降りる室内から、ため息を吐きながらジルが出て行く。
続いてコレット。
「フォルテュナ、じゃあ、後はよろしくね。リュヌが目を覚ましたら呼んで。」
「ああ。」
握り締めた指先は僅かに冷たくて、ベルを失ったときのことを思い出してならない。
それが怖くて、温めるようにきつく握り締める。
「 。」
呟いた言葉は、眠っているリュヌには届かなかっただろうけど。
「……っみんな急にどうしたのさ!!」
顔を真っ赤にさせたリュヌが叫ぶ。
いまだ抱きついたままのコレットとジルが笑っている。
食堂のど真ん中、好奇の視線が集まる中、俺は小さく囁いた。
「俺の親友は、ベルだけじゃないから。」
『Jetesouhaitequemonsentimentarrive.』
2008.01.06
真波青
- 作者様より -
締め切り直前にパソコンが壊れたりデータが消えたり書き直したりと色々ありましてなんだかぐだぐだな文章なのですが(それより締め切りセーフでしたでしょうか?)
今の私の精一杯です・・・。ああああ。
タイトルはフランス語で、「私の気持ちが貴方に届きますように」のつもりなのですが、仏語苦手なので不安です。