2nd Anniversery

召魔の一族 (作:水原怜雅 )

【序】
 幼少の砌より、理不尽な扱いを受けてきた。
 召魔の一族であることに、私は誇りを持っていた。だが、人は我らを化け物と呼び、蔑む。
 異端視、そして謂われ無き迫害が続いた。
 絶対に間違っている。
 滅べば良い。このような世界は。
 そう、滅びてしまえばよいのだ…

【一】
 復讐。その強さこそ時によって違えど、私、西原久遠の心の中からその言葉が離れたことは一時たりともなかった。
 我等高貴なる民を侮辱し、愚弄する愚か者ども。そして、それを許し、光を尊び闇を貶め、聖を称え魔を侮る、世界そのものに対してのそれは。
 復讐心が殊に強まった夜、私は天狗と出会った。鈍色の髪、漆黒の翼。久しく生き世に飽いた、そんな顔をしていた。外見こそ若く見えはするが、恐らくはこの世に生を得てからかなりの年を経ているのだろう。
「お主は、復讐を望むのだろう?手を貸してやってもよいぞ。」
 扇を手にした彼は夜空から忽然と現れ、橋の欄干に降り立ち、薄く笑みを浮かべながらそう言った。
 意外だった。復讐心は心の底に、深く秘めていたつもりだったから。それが、まさか見知らぬ天狗などに見透かされようとは。俄には信じられぬような事が、起こったのだった。
 名と、復讐に手を貸そうという理由を問う私に、彼は答えた。
「そうじゃな、儂の名は飛燕。世界の終焉を見届ける者じゃ。」
「永劫を生きる者の暇潰し…いわば、余興じゃな。安心しろ、お主を陥れようとは思って居らぬ。」
 彼の真意は、分からなかった。
 だが、もし我が望みを叶えられるのならば。それならば、信じてみようと思った。無為に生き、世間から愚弄され続けるのは癪だったから。
 これが、始まりだった…

【二】
 九尾を召喚する。
 それが飛燕の私に提示した計画だった。
 我が家の記録にも伝承として残る古えの大妖、九尾。狐が変じた妖にして、その毛皮は刃を通さず、その爪牙は剣よりも鋭い。その瘴気は闇よりも濃く、体内に狐火を宿す。あまりの強大さの故に、世間では半ば伝説と化し、逆に実像が伝わらなくなって久しい。記録によると九尾は、その強大さを恐れ、除こうとした古人達と戦い、多数の敵を倒しながらも遂に敗れ、理性、知性を切り離されて、肉体と破壊本能だけの存在として封印された。その力を統御できさえすれば、確かにこの世を作り替えることも可能だろう。
 そう…祖先が理想とし、しかし果たせなかった理想郷、魔が魔として在れる世を創ることであろうとも。
 だが、そのためには膨大な陰気が必要となる。人の負の心より生ずる陰気は闇に属する者達の力を増し、私の呪もその濃さにより力を増す。それが無ければ、古人の幾重にも厳重に掛けた封印を解くなど能わぬ。
 人の恐怖、苦痛、嘆き…それらの負の感情を世に満たすことが、絶対に必要だった。その為に、私は家に伝わる膨大な文献を全て精査し、それをもとに策を練った。確実に復讐を成し遂げる為に、躓くことは絶対許されなかった。

【三】
 そして私は、一つの結論を出した。
 下級の魑魅等は大量に喚び出せるものの、所詮は知性も持たずただ暴れ回るだけの代物。ただ統制もなく動き回らせても効率が上がらない。だが、知性を持った強力な妖怪は、多量に喚び出すことが出来ず、効率はやはり上がらない。よって、少数の知性を持つ妖怪に、多くの魑魅を指揮させることにした。
 もう一つ、計画に必要な事が有った。
 幕権を手に入れなければ、召喚の好適地が得られない。
 …江戸城。
 この国で最も気の集まる場所である。もともと、この地は地勢的に気が集まり易かった。それが太田道灌がこの城をここに築いた理由の一つなのだが、現在では幕政の中枢であることにより、さらに気が集中する地となっている。
 邪魔が入らぬ状態で召喚を行うには、幕権を得るのが最も手間が掛からぬ。…幸い私には、他人を大きく凌駕する政務の手腕と、才覚があった。
 自らの才により老中首座の位置を占め、然る後に将軍を弑す。そうすれば、一時的にではあるが、自然と政権は転がり込む。…そう、江戸幕府が我が手中にあるのはほんの一時でよい。その一時の過ぎて後、そのようなものはこの世界に存在しなくなるのだから。
 私はその日の為に、自らを押し殺し、将軍に諂う日々を過ごした。内心では大いに不満だったのだが。
 …本来、無能な将軍などに我々が従う必要はない。家柄を言うならば、出自は三河の一豪族である将軍家など、我等一族に比べたら卑しいものだ。そう、遙か古…神話の時代より続く、我が一族に比べたら。

【四】
 そうして日々を過ごしているうちに、時は移り、文花元年となった。将軍の寵を得、頃合いと見た私は、計画を実行することにした。
 それまで送ってきた灰色の毎日。ここ数年は計画のために冴えない男に取り入ろうとしたため、不本意なこともそれまでに増して多かった。その鬱屈を晴らす日が遂に来たのだ。
 まずは少量の魑魅を放ち、漸増させていく。…陰気の絶対量が上がらなくては、私の力も足りず、魑魅もあまり喚び出せぬ。
 少しずつ増やしていく。その他に手だてはなかった。
 それでも、最初の頃は人々に為す術はなく、少しの魑魅であってもそれなりに多くの陰気を集めることが出来た。それによって、より強力な魑魅を、より大量に呼び出す。好循環となり、陰気はより多く集まってきた。
 ただ、初めのうちは魑魅もまだまだ弱く、多少腕の立つ者にはすぐに滅ぼされてしまった。そこで、一部は人に憑かせ、操らせることにした。これならば斬られる前に離れることも出来、折角召喚した魑魅の数を減らさずにすむ。これは犯罪の増加という形で現れ、こちらからも多くの陰気を集めることが出来た。
 …しかし、九尾の召喚には、かなり多くの力を必要とした。それに比べればまだ、取るに足らぬ量としか言えなかった。少しでもそれが早まるよう、魑魅を増やしていくのに伴い、飛燕一人では統御が間に合わなくなってきていた。 
 そこで、異界より一人の妖怪を喚び出した。
 名は水葵。髪は純白の雪の如く、瞳は青き氷の如し。その手に携えるは青き珠。その名が示すとおり、水や冷気を操る。少女のような外見ではあるが、並みの人間では相手にすらならない。九尾を召喚するまでという契約を交わし、我が部下とした。確実にすべきことを行うだろう。元の世界に還るために。

【五】
 一年ほど経ち、魑魅の跳梁が漸く激しくなりだした頃。
 同僚が将軍に対策組織の創設を提案した。私は勿論、計画の邪魔になるその意見に反対した。奉行所が既に任に当たっていること、そして財政難。反対する材料には事欠かなかった。
 …都合のいいことに、実際に幕府は財政難に陥っていたのだ。計画のために、昇進が絶対に必要だった私は、政務に何ら私心や手心を加えておらず、政策面でも堅実な運営を主張し推進していたのに、だ。
 論争は大きな揉め事となり、その結果、相手方の主唱者二人は降格を命じられ、対策組織の創設は見送りとなった。そう、将軍に取り入っておいたことが、ここで効果を発揮したのだ。
 しかし、その同僚…いや、元同僚である長谷部宗一郎と片桐実時は、その必要性を訴え続けた。彼等は、『民の為』を第一に唱えつつ、私の主張に対しては、奉行所より小回りの利く組織が必要であり、また江戸の混乱は財政にも悪影響を及ぼすと反論してきた。
 そして、半年後。
 私の反対、そして実際の財政難にも拘わらず、彼等の意見は採用された。被害が半年前より大きくなっていたこともその理由の一つではあるだろう。
 とにかく、彼等による『白狼隊』なる名の組織が将軍直属として設置されたのだった。
 邪魔な存在ではあるが、しかし将軍の命に真っ向から逆らっては、今までの長い年月の苦労が無になる。それでは、何のためにあのような日々を送ってきたのか分からぬ。そこで、時間はかかるが、搦め手から手を回すべく努力し、その一方で予定通り今までの計画を進めることとした。

【六】
 更に、その半年後。
 白狼隊が我が屋敷に調査に入るという情報が入った。
 …彼奴等にそのようなことを許すわけにはいかない。
 何としても、阻止せねばならなかった。
 だが、一人で中断に追い込むには、使える陰気の絶対量が足りなかった。私は飛燕に頼み、数日、共に呪を練った。そして、屋敷の調査を前日に控えたその日。白狼隊隊長であった長谷部は“事故死”を遂げた。
 私は、それを機に白狼隊を潰すべく運動した。しかし、事態はその逆方向へと動いた。白狼隊の欠員は、新たに隊長になった片桐の推薦により補充された。…しかも、これをきっかけに別働隊を組織するという話まで持ち上がってしまったのだ。私は阻止しようと努力したのだが、その動きは日に日に強くなっていき、結局止めることが出来なかった。この当時、将軍の命が下っては、私に抵抗する術はなかった。その別働隊は『黒虎隊』と呼ばれることとなり、最初の隊員として二人がその組織に配属された。
 さらに、情報部隊として『土蛇衆』も組織され、治安維持部隊は一気に膨れあがった。
 この半年、三人だけでも充分に厄介だったところに、このような事態。計画の成就は、当初の予定と比べ大きく遅れることが予想できた。
 丁度、その少し前。
 魑魅に襲われ、死にかけている犬を屋敷の近くで見つけた。
 私も寂しかったのだろうか。その犬に人の姿を与えようという気紛れを思いついた。
 早速実行し、柳牙と言う名を与えた。朽葉色の髪をした、耳は犬のままの青年。それが彼の新たな外見となった。
「久遠様に命を救って頂いたこと、決して忘れません。」
「久遠様の為だけに、力を尽くす所存です。」
 犬の性、であろうか。彼は、求めもしないのに私に対して誓った。しかし、それでも私の寂しさは埋まらなかった。所詮、対等の付き合いではない。
 ただ、結果的に見ると、私の気紛れは計画を多少楽にした。柳牙という手駒が一つ増えたことが、戦略に大きな柔軟性をもたらしたのだ。

【七】
 …それから、三年の時が経った。
 この間に私は念願の老中首座に就任。
 計画はやはり当初の予定より遅れていたが、ほぼ問題なく進んでいた。ただ、黒虎隊に新たな隊員が入るなど、少しずつ遅れの幅は拡大していてはいたが…
 白狼隊が新たに隊員を募集したという報を受けたが、当面は様子見をすることにした。所詮、ただの人間に、大したことが出来ようはずもない。尤も、また計画が遅れることに若干の苛立ちは覚えたが。
 それから暫く経った後、飛燕が突然白狼隊の始末を言い出した。何故この時期になって言い出したのか。その質問に飛燕は、自ら動くに充分な陰気が集まったことを理由として答えた。彼等妖怪は陰気次第で強さが決まる。私は納得し、表沙汰にならぬよう動くという前提で許したが、結局結果をあげられなかった。
 自ら充分だと判断したのに、失敗した。普段の飛燕からは考えづらい失態だった。故に、何故かと問うたところ、驚くべき事を言ってきた。飛燕によれば、『破邪の血統』なるものを受け継ぐものが白狼隊にいるという。扱いづらく、気紛れな奴だが、ここで言い訳をするとは思えなかった。
 私と真逆の性質を持つ、その血統は、我々の障害になる。そればかりではなく、我等を邪とし、闇として迫害してきた世界の象徴にも思え、鬱陶しく、忌々しかった。
 始末するように柳牙に命じたものの、失敗。飛燕は長谷部の弟の始末を試みるがが、これも破邪の血統の者により妨害されたという。結局一人も始末できず、魑魅は次々と倒されていった。
 …しかし、それにも拘わらず、陰気は刻々と強まっていった。但し、相変わらず予定よりは遙かに劣った強まり方ではあったが。
 計画の遅れに苛立つ私に飛燕は、ある策を提示した。
 祭りを襲う。それによって生じる陰気は通常より遙かに強い。為に、予定の遅れを相当程度挽回することが出来る。今までは力不足で出来なかったが、今ならそれが可能だ、と。
 …何故、自分が思いつかなかったのか。
 ともあれ、良策には違いなく、実行に移させた。結局、またも妨害を受け完全な成功は収められなかったという。しかし、結果としてそれでも相当量の陰気を確保できた。

【八】
 幕府内でも私への追い風が吹いてきた。
 老中首座になってから、将軍に擦り寄るのを止め、対立を始めていた。それに対して、賛同者、あるいは追従者が現れだした。…救い難い俗物達ではあるが、暫くは役に立つ。特に、将軍亡き後の権力継承が楽になるのは大きい。
 ある役人達などは、吉原の遊郭にて会談したいと言ってきた。それで私の機嫌を取ろうというのだから、愚かなものだ。万が一にも利用できるかもしれぬと思い応じたが、話の内容は本当にただの追従であった。無駄な話を聞かされ、非常に気疲れした。方針を知る前に与する方を決め、何も理解できずにそれに従おうなどと、愚かなのにも程がある。
 私としては、身辺を嗅ぎ回っている隠密を始末する為、隙を見せる為に利用する心づもりを持っていた。そこで、柳牙に尾行してきた隠密を始末するようにと命を与えておいたのだが、例の破邪の血統の者の力に阻まれ、結果取り逃がしてしまったという。
 結局、何ら得るところのない会談となった。
 しかし、またしても破邪の血統だ。全く忌々しい。だが、いずれこの手で、必ずや断ち切ってみせる。

【九】
 かなりの陰気が満ち、九尾召喚の下限へと近づいてきていた。幕府内の支持も、ある程度以上確保した。そう、必要な土台は全て整ったのだ。将軍を弑する、その頃合いであった。
 丁度、自分は間違っていたのかと自問している将軍に、私は言った。
 何の失策があったのか、と。このまま順調に運べば、この街は唯一無二の理想郷になる、と。
 そう、半ば本心を語った。
 所詮、すぐ命を失う男。何を話しても殆ど問題はなかった。
 それに対し、将軍は我等の一族を愚弄することで応えた。
 曰く、「所詮は呪われた一族…その因縁を拭うことなど出来ぬ。」と。
 我等誇り高き召魔の一族を愚弄することがどのようなことか、今こそ思い知らせるときが来ていた。陰気は満ち、以前と比べ私の力も高まっている。怒りのままに呪を将軍にぶつけた。
 これが本当に、この国の支配者だった男なのかと思えるほど、将軍は呆気なく倒れた。

【十】
 将軍の死によって、政権は我が物となった。
 その事実を治安維持部隊の者共に突きつけ、幕府軍の一部として私の指揮下に入り存続するか、それとも大人しく解散するか、二者択一を迫った。
 所詮彼奴等の動きを抑えることは出来まいが、ささやかな意趣返しである。
 結局解散したのは白狼隊だけ。他の二隊は幕府軍に組み込まれた。だが、主君を利害関係の一要素としか見なしておらぬ隠密等はともかく、白狼隊は肩書を外しても活動を止めぬだろうし、黒虎隊は私の動きを探るために傘下に入ったに過ぎなかろう。…その程度は、私も承知していた。もし片桐達がこれで屈するような性格だったならば、私ももっと早くから楽が出来ていた筈だ。
 無論、ここまできて、意図を掴ませるようなことはしない。我が長年の願い…そう、復讐を成就させる為なのだから。
 彼等がいくら足掻こうと、もう止めることは出来まい。そう、召喚までに必要な陰気はあとほんの僅か。計画の成就は、もう目と鼻の先だった。

【十一】
 翌年の正月。
 初詣を狙い、水葵に指揮を執らせ、選りすぐりの魑魅を放った。祭りの時と同じく、陰気は普段より多く集まる。破邪の一族が覚醒したと飛燕に聞いていたが、それは既に問題ではなかった。首尾良く九尾が召喚できさえすれば、破邪の一族など恐るるに足らなかった。今回の計画にしても、水葵達が最終的に白狼隊に撃退された場合でも、陰気は召喚に充分な量溜まる。破邪の一族が覚醒していようがいまいが、何の関係もなかった。
 これによって、計画通り、陰気は充分に溜まった。
 ただ、その過程で水葵を失うことになった。だが、そのことは私にとって、既に問題にもならなかった。…そう、九尾さえ召喚できれば、全ては問題にならない。
 例え、この命が失われようとも。
 復讐が…この世界の破壊こそが、全てに優先するのだ。

【十二】
 そして時は巡り、如月、満月の日を迎えた。月の呪力を借り、九尾を喚ぶ事が出来る日が。
 …妻子は、江戸の外に逃がした。飛燕は情けかと聞くが、単なる情けではない。
 私自身の復讐は九尾を喚べば成る。しかし、私がもし九尾の統御に失敗した場合、妻子が江戸にいれば。その時は召魔の一族が絶えてしまう。
 それは私の基準では、絶対に避けるべき事だった。世界を破壊すると言っても、一瞬でそれが出来よう筈もない。時は相応にかかるのだ。それまでの間に、我が子も召魔の民としての力を付け、そしていつか九尾を統御できる日が来るやもしれぬ。せめて祖先より伝わる、高貴な血が絶えない可能性だけでも残しておく必要があった。
 月が満ち、天頂へと駆け上がる。
 その時を狙い、召喚の呪を唱える。
「…目覚めよ…」
 永き睡りより。
「四肢封ずる鎖、今こそ我が血の盟約を以て解き放たん…」
 そう、我等が受け継ぎしこの血脈を以て。
「汝、封ぜしは、古き都の民…」
 自らを正義と信じる思い上がった者ども。
「その牙、その爪を以て復讐を成せ…」
 その恨みを、我が一族の恨みと重ね。
「…出でよ……九尾!」

【十三】
 現れた九尾は、実に素晴らしかった。流石は最強の妖魔と謳われるだけのことはある。
 私は九尾に呼びかけた。しかし、九尾には私の制御が利かなかった。陰気が異質な気に置き換わり、私の呪は効力が弱まった。その時、飛燕が、危険を感じたのだろうか、離れるようにと声をかけてきた。私は、言われた通りに離れながら、半ばは諦めつつも、それでも九尾を統御しようと試みた。
 暫く後。
 私は満身創痍の状態で、城内に横たわっていた。全身から生気が抜けていっている。それが自分でもよく分かった。
 一匹の犬が近づいてきたのが見えた。その犬は、私を見て寂しげに鳴いた。見覚えがある。そう思った。一瞬後、それが柳牙であることに気づいた。私が人の形をとれるように力を与えたとはいえ、それも陰気によって維持されるものだ。陰気が異質な気…九尾の気に置き換わった今、その形を維持できなくなったのだろう。
 そこに、少年の声がした。
「大丈夫ですか!?」
 今、この場所にいる。
 そのことそのものが、その少年が何者かを雄弁に告げていた。そう、白狼隊の者…破邪の一族に連なる者であると。
「どういうこと…なんですか?」
 少年は、同行者の指摘で私が何者かに気づき、そう問うてきた。
 制御が利かなかった、それだけのことだ。だが、それにも問題はない。私の目的は、あくまで復讐だったから。この、醜い世界を変えるための破壊。それが私の何にも増して求めるものだった。そう、九尾は成し遂げてくれるだろう。そう、言った。
 少年は、世界は醜いだけのものではないと、こんなにも想ってくれる人がいたではないかと、そう言ってきた。
 しかし、幼少の頃からずっと、私の目に映った世界はただ醜い物だった。そのような言葉は、何の役にも立たない。ましてや、我が望みが叶い、世界が滅びようとしているときに。
 想ってくれる人がいた?つまらん冗談だ。ここにいるのは柳牙のみ、しかも柳牙は、犬が変じた妖怪だ。私を…そして私の一族を、人間は貶め続けてきたではないか。自らは大量に魑魅を斬っておきながら、都合の良いときだけ妖怪と人を同一視する…そのような言葉など、聞きはせぬ。…そう、思った。
 二人は私にそれ以上構わず、奥へと向かっていった。九尾による破壊を止めようというのだろう。だが、彼等にも九尾を凌駕することなど出来ぬだろう。破邪の一族とはいえ、あの圧倒的な力に敵うはずがない。そう、確信できた。

 体から力が抜けていく。目の前が霞み、暗くなってきた。
 これが、私の最後のようだ。
 だが、私に悔いはない。
 私の目標…復讐は、九尾の手によって必ず成就するだろう。
 ならば、やり残したことなど何もない。
 これで良いのだ。
 これで全て終わる…

 この世界も、私の人生も。永遠に…


- 作者様より -

 自分にしか書けないものを書こう。そう思って書いてみました。
 なんだか描写が少なかったかな?と反省。


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