由紀彦の一日 (作:真木逸美)
その日俺は、けたたましい何かの騒ぐ音で目を覚ました。
でも、昨日の仕事の後のせいか、まだ眠い。
ま、いいか。惣助兄はまだ起こしに来ないし。まだ、朝食はできていないんだろう。
そう思って、俺がまた寝ようとしたら……
「ふにゃ~~!!」
妙な『声』がしたかと思うと、ナニかが俺の腹をめがけて飛び降りてきた。
「うわっ」
俺は飛び起きると、そのナニかを捕まえる。
「……たま、お前か……。」
そう、そのナニかは、実時兄がどこからか拾ってきた……猫、だった。
ちなみに、実時兄に「たま」と名づけられた猫は、こいつだけじゃない。俺の知っている限りでは……五匹までは数えていたけど、その後はもう数えていない。というより、もう「たま」の区別が俺には付かなくなっちまったんだ。
きっと、実時兄とか、いつも世話してる惣助兄とかに聞けば、もっといるんだろう。
「どうしたんだよ、お前。惣助兄にえさもらってる時間じゃねぇのか?」
俺は、猫に言葉が通じるわけないと思いながらも、聞いてみる。
思ったとおり、たまは何も答えない。それどころか、人の安眠を邪魔しておきながらそのひざの上で気持ちよさそうに眠りかけている。
「お前な~……。」
仕方ない、起きるか。
俺はたまをどけて布団から出ると、布団を押入れに上げて、簡単に身支度を整える。
ホントはめんどくさいからやりたくないけど、やらないと惣助兄に怒られちまう。
なんでも、布団を敷きっぱなしにしたりするのは、部屋が汚くなりやすくなって、掃除も大変になるらしい。……ほんと、主夫してるよな。
なんで惣助兄が猫の世話から家の掃除までやっているのか、毎回おかしいとは思う。
けど、結局は惣助兄の自業自得なんだよなぁ。
俺は部屋を出ると、もう静かになっている実時兄の部屋も前を通り過ぎて、厨で朝餉を作っているだろう惣助兄のとこに向かった。
「おはよ……ぅ……。」
俺が厨に着くと、そこには惣助兄がいた。
実時兄が居ないってことは、もう先に屯所にいったんだろう。
そんなことはひとまず置いておいて……俺が驚いたのは、厨で一人で……正確には一人と何十匹かと格闘している惣助兄を見たからだ。
「なにしてんの?」
「お。由紀彦、起きたか。見てわかるだろ、えさやってんだよ。」
「それはわかるけど……なんでこんな風になってるの?」
今年になってからぐらいは、惣助兄の努力によって、やっと仲間同士でえさを分け合って、仲良く食べるようにしつけられていたのに。
ちなみに、実時兄は手伝わない。「そうか、それはいいことだな。惣助、苦労をかけるな。」って言っただけだ。
「実時のやつが、また野良猫拾ってきやがった。んで、そいつがとんだ暴れん坊でなぁ……。」
なるほど。確かに、よく見ると全部の猫が騒いでいるというより、一匹の猫が暴れまわって、その周りに騒ぎが起きていく、そんな感じだ。
「おい、由紀彦。ぼさっとしてねぇで手伝え。」
「え~!……何すりゃいいの?」
「とりあえず、たまとミケを外に出してくれ。つぶされちまう。」
どの「たま」と、どの「ミケ」だ!
そう聞きたくなったけど、惣助兄は答えてる余裕もなさそうだから、自分で考えることにする。
……『つぶされる』なんて表現を使うんだから、きっと最近生まれた子猫だろう。
俺は、足元に居た二匹を拾い上げる。
と、その子猫たちの母猫の「たま」が威嚇してくる。
「大丈夫だって。お前の子供とったりはしないよ。」
母猫の「たま」をなだめて、俺は厨から出る。
「はぁ。」
二匹の子猫―「たま」と「ミケ」―を降ろした後、思わずため息を付いた。
惣助兄は、前まですっと、こんなことを一人でやっていたのだろうか?
改めて尊敬する。……もっとも、こんなことで尊敬されても、惣助兄は複雑な顔をしそうだけれど。
実時兄が拾ってきて、どんどん増える猫。そして、その猫がそのうち子供を産む。そうやって、片桐家の猫はどんどん増えていくんだろう。
「……惣助兄、大丈夫かなぁ?」
「おい!今度はこっちのたまを頼む!」
「は~い!」
「仕事」を受けた俺は、急いで厨の中に戻る。
……どの「たま」だよ……
以前は実時兄が一人で理解していただけの微妙なイントネーションの違いを、最近は惣助兄もわかるようになったらしい。
でも、そんな超人技は、まだ俺には会得できなそうだ。
昼間の屯所は静かだった。数ヶ月前までは……妖狐の事件の前までは騒がしかった町も、今は別の……人の手による騒ぎが時々起こるくらいで、以前ほどの忙しさはない。
だから、惣助兄や舘羽兄がそっちの仕事に回っていて、今日の俺の仕事は「留守番」
留守番だって、立派な「仕事」だ。俺は、いつ事件の知らせが入ってもすぐに対応できるように、屯所の机でかまえていた。
でも、その日は何もなかった。
まぁ、いいことじゃないか。町が平和なことは。
夕方になって、俺は片桐家の屋敷に帰るため、橋にさしかかった。
あれ?……橋の下に、誰か居る?
なんとなく気になって降りていくと……。そこには、今日はまだ、朝から顔を合わせていなかった実時兄がいた。
「実時兄ぃ!何してんだぁ?」
俺が声をかけると、実時兄は、焦ってナニかを後ろへ隠した。
「……どうしたの?」
「いや、なんでも……」
実時兄はしらばっくれようとしたけど……
『にゃ~』
隠し通すことはできなかった。
「……また、猫拾ったの?」
「……………………あぁ。」
「…………今朝も拾ってきたんだよねぇ?」
朝の惣助兄の言葉を思い出しながら言うと……
「…………頼む!惣助には黙っておいてくれ!」
次の瞬間、いつもの「隊長」の顔とは違う……。何か別の、必死な顔になって訴えてくる。
「きっと、すぐばれるよ?……ってか、絶対気づくよ?」
「一匹くらいなら……」
「惣助兄、毎朝数確認してるもん。実時兄も把握してない動物の数、全部知ってるから、惣助兄は。」
「…………そうなのか?」
「うん。」
実時兄は、とても残念そうな顔をする。
「…………きっと、『またか!』って、怒られるよ?」
「だろうな。」
ほんとに悲しそうな顔をして猫を見つめる実時兄を見て、俺は頭を掻く。
「他の人には頼めないの?飼ってもらうこと。」
「あぁ。連次郎は寺子屋のこともあるし、舘羽は宿屋住まいだし……。若菜は・・栄屋は食事処だしな。」
「一兄ぃは?」
「あいつに任せられるか?!」
「……だよね。」
……一兄には失礼だけど。
もし……美景が居たら、頼めたのかなぁ?
俺は、数ヶ月前までの同士の、ちょっと頼りない感じがするけれど……唯一対等に話すことのできた、友達の顔を思い出す。
あ、でも。無理か、美景にも。長屋住まいだったもんな。
「…………わかったよ。俺からも一緒に頼むよ、惣助兄に。」
「ホントか?!」
「だって、仕方ないんだろ?」
「助かる!恩に着る!」
「どういたしまして。」
きっと、こんなことしたら惣助兄は渋い顔をするだろう。けど……惣助兄だって、最後には実時兄の頼みは断りきれないだろう。
俺は、夕焼けに染まりつつある町を抜け、屋敷へ……実時兄と帰った。
思ったとおり、惣助兄には怒られた、それから、呆れられた。
でも、やっぱり、こっちも思ったとおり。惣助兄は最後には許してくれた。
なんだかんだ言っても、惣助兄だって、動物好きなんだよな。……それに、なにより、実時兄のこと。
今日も、なんか疲れた。
俺は、夕餉の後すぐに床に付いた。
窓は開けたまま。
きっとまた、惣助兄に「風邪ひくだろう」って怒られるだろうけど、気にしない。
- 終 -
- 作者様より -
素人が、またも書いてしまいました……。
(しかもまた隊長の猫ネタ。笑 題名は由紀彦の一日にしたのになぁ……)
白狼隊ファンの皆様、Physical Roomの方々、こんな話ですみません!!
特に……隊長、惣助さん、由紀彦君のファンの方には……。
しかしながら、これが今の私の限界です;汗
さて、今回は由紀彦君の目線で、しかも(一応)一人称(のつもり)で書かせていただきました。
時期は、美景が江戸を出た後、鈴音が白狼隊に入る前、のつもりです。
前回の作品は、少々(?)語句の間違いがあったりして……。
後から冷や汗モノした。なので、今回は気をつけたつもりです。
しかし、口調とか、その他諸々、違ったらすみません。どうか許してやってください。