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長い長い手紙の最後に (作:夏見)

【京から江戸へ】

拝啓 廉次郎さんへ

 お元気ですか。まだ江戸を出て一月も経っていないのに、随分久しく感じます。毎日顔を合わせていたのが、急に会わなくなってしまったからでしょうか。
 こちらは昨日京に着いて、蒼龍隊の隊長の貴久さんの紹介で住む場所も決まりました。徹平君も隣の部屋です。手紙はこの長屋に送ってくださいね。

 京都は話で聞いていた以上に大変なことになっていました。蛇蛟という蛇の妖怪が町中に出てきて人を襲っているのです。これから私たちが頑張らなければと思います。なんて、偉そうに言ってしまいましたけど、今日まですっかり弱気になっていたんです。徹平君が励ましてくれました。徹平君が一緒に来てくれて本当に良かったと思います。

蒼龍隊の方たちも良い人ばかりです。
隊長の寺尾貴久さんはとても優しくて落ち着いた人です。みんなを引っ張っていくというより大らかにまとめていくという感じで、隊長とも槙村さんとも違った雰囲気の隊長です。
長屋の隣人でもある剣崎蘭さんは、いつも眠そうで無口で何を考えているかわかりませんが、剣の腕は確かだし、今朝も京都の町を案内してくれました。
それと、副長の仙堂和泉さんは…私、何か嫌われることをしたんでしょうか。初日から入隊は認めないと言われてしまいました。何で屯所に女がいるんだって。何なんですかもう。悪い人ではないようなんですけれど。

新しい町に来て正直不安で、これからどうなるのかまだまだわかりませんが、この山形鈴音、白狼隊の名に恥じぬよう京都で頑張ります。

山形鈴音 

追伸・またお手紙書きますね。





【江戸から京へ】

拝啓 鈴音殿へ

 無事に京都に着いたようで何よりです。江戸は妖怪も式神も出なくなって、すっかり平和です。このままだとまた解散なんて言われてしまうかもしれませんね。
 でも貴方が江戸を出てから、みんな少し寂しそうです。寺子屋でも鈴音先生はいつ帰ってくるのかと、子供たちにしきりに聞かれてしまいます。一年前までは貴方がいなくて当たり前だったはずなのに、不思議なものです。

 京都は深刻な状況のようですね。京の町がまた平和に戻ること、そして貴方の無事を江戸から祈っています。
 直接貴方の力になれないことが残念でなりませんが、手紙で徹平殿の話を読んで少し安心しました。私も彼が一緒に行ってくれて良かったと思います。その話を是非紫苑殿にも伝えてあげて下さい。お二人のこと、とても心配していたようですから。
 ただし副長の和泉殿のことは伝えない方が良いかもしれませんね。京都まで殴りこみに行くと言い出しそうです。鈴音殿も、和泉殿のこと、あまり怒らないであげて下さい。鈴音殿が白狼隊に入るまでは、江戸でも女武者というのは馴染みの無いものでしたから。でも貴方はそれを乗り越えてここまで来ました。同じ志を持つ仲間同士、きっとわかり合える日が来るはずです。

 貴方が江戸に帰る日を心待ちにしています。

長谷部廉次郎




【京から江戸へ】

拝啓 廉次郎さんへ

 桜もすっかり散って、緑が鮮やかになりました。今年は江戸でも京でも、バタバタして桜をろくに見られずに終わってしまいました。ちょっと残念です。
 お手紙ありがとうございました。廉次郎さんからお手紙をもらうと、何だか元気が出ます。こうして見ると、廉次郎さんは本当に字が綺麗ですね。廉次郎さんらしい気がします。私も字を綺麗に書きたいのですが、なかなかうまく書けなくて、本当に尊敬します。
 寺子屋の子供たちも寂しがっていると聞いて、申し訳ないような少し嬉しいような、不思議な気持ちです。育ち盛りだから、帰ってくる頃にはみんなすっかり大きくなっているのでしょうか。
 白狼隊の皆さんも元気で江戸も平和なのはいいですけど、帰ってきたら白狼隊が解散してた、なんて嫌ですよ。
 お兄様にも徹平君のことを書いてお手紙を出しました。どんな返事が来るか今から楽しみです。

 そうそう、仮入隊ですが蒼龍隊に仲間が増えました。根津一郎太君と言って、何とまだ十二歳なんです。でも剣の腕は私たちの中で一番です。まだまだ幼いところがあるので、これから蒼龍隊として活動する中で成長してくれればいいと思います。
 それと、蛇蛟騒ぎのことも少し進展がありました。大蛇族という、蛇みたいな人が現れて、その人が蛇蛟をけしかけているようでした。何だか嫌な予感がします。
 和泉さんのことは、うーん、ごめんなさい、進展してないです。でも私の入隊は認めてくれたみたいですし、何だかんだ言いながらも一郎太君のことも心配してくれているのもわかりました。でも、一体何なんでしょうね、あれ。未だにお前って言われて、名前を呼んでもらえません。今度、和泉さんのことをよく知っている人を探して相談してみます。

山形鈴音 




【江戸から京へ】

拝啓 鈴音殿へ

 江戸も若葉の季節となりました。でも手紙の届くまでの時間を考えると、そちらの方が少し季節が早いのでしょうね。
 紫苑殿、徹平殿のことを褒めていましたよ。本人に言ってあげればと思うのですが、紫苑殿もなかなか素直ではないですね。
 仲間が増えて楽しそうですね。十二歳なら由紀彦君が白狼隊に入った時とちょうど同い年です。由紀彦君、白狼隊に入って随分成長しましたから、一郎太君もきっと蒼龍隊で色んなものを学んでくれるでしょう。
 そう言えば、鈴音殿と和泉殿とは少し違うかもしれませんが、由紀彦君も最初は美景殿を嫌っていたんですよ。今ではすっかり仲良くなりましたけれども。懐かしい話です。大丈夫、きっと鈴音殿もそう言える日が来ると思います。

 大蛇族のこと、こちらでも調べてみますね。
 貴方が江戸に帰る日を心よりお待ちしています。

長谷部廉次郎 




【京から江戸へ】

拝啓 廉次郎さんへ

 良いお知らせです。和泉さんにようやく認めてもらえました。今までお前って言われていたのが、名前を呼んでくれるようになりました。今までの詫びだって言って、八つ橋をくれました。
 こうして見ると、素直じゃないだけだったんだなって、可愛く見えてきます。どうなるかと思いましたけど、何とか仲良くなれて良かったです。廉次郎さんに聞いてもらっていたおかげです。ありがとうございました。
 それにしても、由紀彦君の話、本当ですか。今からでは想像もつきません。江戸に帰ったら詳しく教えて下さいね。すごく気になります。
 この前お兄様からの手紙も届きました。徹平にしては、なんて言ってます。素直じゃないところは和泉さんと似ているかもしれません。でも、徹平は励ます以外には何も言ってなかっただろうな、とも聞かれました。それ以外って一体何でしょう。江戸を出る前も守る以上のことはしないようにと言っていましたし、不思議です。

 事件の方はまたもう一人新たな大蛇族が現れました。今度は私たちが蒼龍隊と知って襲ってきました。和泉さんの調べで、千年前に人間と争って当時の陰陽術で封印された一族のようです。まだわからないことも多いのですが、彼らが黒幕に違いなさそうです。これからも気を引き締めていこうと思います。

山形鈴音





【くず籠の手紙】

拝啓 鈴音殿へ

 和泉殿と解り合えたのですね。文面からその喜びが伝わってきます。余程嬉しかったのでしょう。きっと鈴音殿の努力の賜物です。私はただ聞いていることしか出来ませんでしたから。
 由紀彦君の話、昔の白狼隊の話、江戸に戻ったらお話します。ですから、無事に事件を解決して、江戸に帰ってきてくださいね。早く貴方にお会いしたいです。

(手紙に書かれているのはここまでで、くしゃくしゃに丸められている)




【江戸から京へ】

鈴音殿へ

 和泉殿と解り合えたのですね。文面からその喜びが伝わってきます。余程嬉しかったのでしょう。きっと鈴音殿の努力の賜物です。私はただ聞いていただけですから。
 由紀彦君の話、昔の白狼隊の話、江戸に戻ったらお話します。楽しみにしていてください。まだ私と兄上と実時殿の三人だけだった頃のこと、惣助殿が来た時のこと、由紀彦君が実時殿に預けられて来た時のこと、そして美景殿、舘羽殿が来てからのこと、そして貴方が入ってきた時のこと、貴方の蒼龍隊の話を聞いていると、自分たちの昔を思い出して懐かしくなります。私も聞いてほしいと思います。
 紫苑殿は鈴音殿が可愛くて仕方ないのです。私も気持はわかります。少しばかり口うるさかったり、厳しかったりするかもしれませんが、大目に見てあげて下さい。

 大蛇族は陰陽術によって封印されたのですね。陰陽術ならば先の事件の時の資料がこちらにもあります。何か手掛かりがないか調べてみます。
 蒼龍隊が狙われるようになってしまったのですね。鈴音殿も、町の人を守ることも大事ですが、自分自身も大事です。十分に気をつけて下さい。
 貴方が無事に江戸に帰る日を心待ちにしています。

長谷部廉次郎




【京から江戸へ】

拝啓 廉次郎さんへ

 京都はすっかり暑くなりました。江戸より暑いらしいとは聞いていたのですが、まさかこれほどなんて。その代わり冬も暖かいといいのですけど。
 廉次郎さんはお兄様が言っている意味がわかるんですか。私にはさっぱりなのですが。和泉さんにも話したのですが、自分で考えろって呆れられてしまいました。そんなこと言われても。

 そうそう、また一人、蒼龍隊に仲間が増えました。信澤甚八さんと言って、何だかお兄様のような人です。とは言ってもお兄様に似ている訳ではなくて、甚八さんにも妹さんがいて、それでお兄様っていう雰囲気なんです。うーん、うまく伝えられませんね。
 妹さんを亡くされていて、私のことを本当に妹みたいに扱ってくれます。何だか急にお兄様に会いたくなりました。

 事件の方も少し進展がありました。煉さんという大蛇族が現れて、人間のふりをして私たち蒼龍隊に近づいてきました。でも今までに会った大蛇族とは少し違って、人間に敵意を感じないのです。少ししか話していないのですが、優しい人の気がします。人間と争いたくないようで、とても悩んでいました。彼のことも助けられたらいいのですが。

山形鈴音




【くず籠の手紙】

拝啓 鈴音殿へ

 暑さが厳しいですね。江戸でも暑いということは、京都はもっと暑いのでしょう。山に囲まれた盆地ですからね。
 蒼龍隊も随分にぎやかになりましたね。白狼隊もそんな風に強くなっていったことを思い出します。一つの部隊が作られていく過程を経験していると、ますます隊に思い入れが強くなります。私が白狼隊に持っているような思いを、貴方は蒼龍隊に持っているのでしょうね。貴方が蒼龍隊にずっといると言い出すのではないかと少し心配です。
 それと鈴音殿、あまり甚八殿に甘えすぎないようにして下さいね。紫苑殿が妬いてしまいます。

 煉殿のこと、気になりますね。話を聞く限り、相手も敵意は無いよう思います。大蛇族の正体、目的、もしかすると彼を糸口に何かつかめるかもしれません。でも十分気をつけて下さい。必ずしも彼が味方になってくれるとは限らないのですから。
 貴方が無事に江戸に帰る日を心待ちにしています。
 早く貴方にお会いしたいです。

(手紙に書かれているのはここまでで、くしゃくしゃに丸められている)




【江戸から京へ】

拝啓 鈴音殿へ

 暑さが厳しいですね。江戸でも暑いということは、京都はもっと暑いのでしょう。山に囲まれた盆地ですからね。
 蒼龍隊も随分にぎやかになりましたね。白狼隊もそんな風に強くなっていったことを思い出します。一つの部隊が作られていく過程を経験していると、ますます隊に思い入れが強くなります。私が白狼隊に持っているような思いを、貴方は蒼龍隊に持っているのでしょうね。
 それと鈴音殿、あまり甚八殿に甘えすぎないようにして下さいね。紫苑殿が妬いてしまいます。

 煉殿のこと、気になりますね。話を聞く限り、相手も敵意は無いよう思います。大蛇族の正体、目的、もしかすると彼を糸口に何かつかめるかもしれません。でも十分気をつけて下さい。必ずしも彼が味方になってくれるとは限らないのですから。
 貴方が無事に江戸に帰る日を心待ちにしています。

追伸 白狼隊の皆さんからもお手紙を書いてもらいました。同封します。



鈴音へ

 京都での活躍、廉次郎から聞いている。白狼隊の名に恥じぬ働きをしているようだな。隊長として嬉しい限りだ。
 まだ京の平和までは長い道のりだとは思うが、その刀に町の人々の命がかかっていること、江戸に帰りを待つ者達がいること、忘れずに決して挫けることのないように。
 鈴音の活躍を期待している。

片桐実時 


鈴音殿へ

 お元気ですか。江戸の方は平和で、僕たちも相変わらず元気です。
 京都は大変なことになっているそうですね。僕たちも何かお力になれればと思うのですが、江戸から出来ることもなく、歯がゆい思いです。
 鈴音殿のことですから、毎日町の人々のために奔走していることでしょう。でも無理はせず、ご自愛なさってくださいね。
 鈴音殿ならきっと、京を平和に戻せると信じています。

朝倉美景 


鈴音へ

 久しぶり。京都はどんなとこだろう。行ったことがないから俺も行ってみたいな。
 そうそう、鈴音がいない間にピヨ彦の奴もずいぶん大きくなったんだぜ。俺の言うこともちゃんと聞くんだ。帰ったら見せるからな。
 背もちょっと伸びたんだぜ。鈴音が帰ってくる頃には多分鈴音よりでかくなってるからな。楽しみにしてろよ。
 早く帰ってこいよ。蒼龍隊、だっけか、とにかく京都の事件のこと、頑張れよ。

由紀彦 


鈴音殿へ

 久しぶり。副長殿から聞く限りだと、元気でやっているみたいだね。蒼龍隊もうまくいっているようで何より。
 だからその調子で事件も解決して、早く帰っておいで。私が君をからかえないのは困るし、代わりにからかわれる美景殿はもっと困っているし、何より紫苑殿以上に寂しがっている人もいるようだからね。とだけ書いても、君のことだからきっと誰のことだかわからないかな。でもこればかりはちゃんと自分で考えてわからなければいけないね。
 それでは、体には気をつけて。白狼隊に入ったばかりの頃のような無茶はしないように。

中川舘羽 

追記:舘羽殿の手紙に失礼します。鈴音殿、本当に早く帰ってきてくださいね。朝倉美景


鈴音へ

 京都の暮らしはもう慣れたか。初めての一人暮らしはちゃんとやってるか。女中さんもいねぇんだから、この機会に料理も出来るようになれよ。せっかく江戸で俺が教えてやってたんだから。それと、腹出して寝て風邪ひいたりなんかしないようにな。
 まぁ、腹出して寝なくても、お前がいっちまってから元気ねぇ奴はいるけどな。この前なんて廉次郎の奴が寝言で  何て言ってたんだかな。悪いな忘れちまった。

坂上惣助 

(何かあったらしい。紙面にはしわが寄り、途中から筆跡が変わっている)




【京から江戸へ】

拝啓 廉次郎さんへ

 皆さんからのお手紙、ありがとうございました。何だか急に江戸が懐かしくなりました。皆さんお変わりないようですね。あ、由紀彦君は背が伸びたんでしたね。次に会うのが楽しみです。
 美景さんは相変わらず可愛くて良い人みたいですけれど、大丈夫ですか。舘羽さん、やりすぎていないといいのですけれども。寂しがっている人、というのも誰のことを言っているんでしょうか。すごく気になるのですけれども、自分で考えないといけないんですよね。まさか遠距離でまでからかわれるなんて、思ってもみませんでした。
 それにしても惣助さんはいったい何が、あ、いえ、やっぱり聞かないでおきます。

 隊長の手紙も嬉しかったです。白狼隊も含めるともうこの仕事についてから長いのですが、隊長に褒めてもらえるのはやっぱり嬉しいですね。上司だからという訳ではなくて、隊長が隊長だから、というような気がします。
 貴久さんは隊長とは全く違った感じの方なのですが、でも誰よりも隊士のことを一番に考えているのは一緒ですね。この前私が大蛇族に捕まったことがあったのですが、哮喘で倒れたばかりの体で助けに来てくれました。私もよく無茶をすると言われますが、貴久さんには敵いません。そう話したら、珍しく和泉さんが素直に頷いてくれました。もっとも、山形もなかなかだがな、と言われてしまいましたが。和泉さんは貴久さんと幼馴染なのですが、無茶をするなと何度言ったらわかるんだ、と言っています。以前だったら怒っているように聞こえた言葉も、心配しているだけなんだと最近わかるようになりました。本当に素直じゃないですね。
 貴久さんに無茶をさせないように、もう捕まったりしないよう努力しないといけませんね。蒼龍隊の一員として、これからも頑張りたいと思います。

山形鈴音 





【くず籠の手紙・壱】

拝啓 鈴音殿へ

 大蛇族に捕まってしまったというのは本当ですか。何でもないことのように書いていましたが、貴方が心配になりました。怪我はありませんでしたか。
 貴方が大変な目に遭っていても、何もできないというのは酷くもどかしいものですね。何もできないどころか、貴方が危機に瀕していたその時、私はそれも知らずに江戸にいて、貴方は元気にしているだろうかと思っていたのかもしれません。そう考えるとぞっとします。あの時に、貴方を京都に送ることを反対していれば良かったかもしれないと、最近そう思うのです。

(手紙に書かれているのはここまでで、くしゃくしゃに丸められている。)




【くず籠の手紙・弐】

拝啓 鈴音殿へ

 大蛇族に捕まってしまったというのは本当ですか。何でもないことのように書いていましたが、貴方が心配になりました。怪我はありませんでしたか。
 貴方が大変な目に遭っていても、何もできないというのは酷くもどかしいものですね。何もできないどころか、貴方が危機に瀕していたその時、私はそれも知らずに江戸にいて、貴方は元気にしているだろうかと思っていたのかもしれません。そう考えるとぞっとします。でもともかく無事でいてくれて良かったです。寺尾殿には私からもお礼を言いたいです。寺尾殿のためもそうですが、貴方自身と江戸で待つ私たちのためにも、どうか無事でいてくださいね。貴方の無事が、私の何よりの願いです。
 和泉殿とは、本当に仲良くなられましたね。気づいていましたか、貴方の手紙にはいつも、

(手紙に書かれているのはここまでで、くしゃくしゃに丸められている。)



【江戸から京へ】

拝啓 鈴音殿へ

 大蛇族に捕まってしまったというのは本当ですか。何でもないことのように書いていましたが、貴方が心配になりました。怪我はありませんでしたか。
 貴方が大変な目に遭っていても、何もできないというのは酷くもどかしいものですね。でもともかく無事でいてくれて良かったです。寺尾殿には私からもお礼を言いたいです。寺尾殿のためもそうですが、貴方自身と江戸で待つ私たちのためにも、どうか無事でいてくださいね。貴方の無事が、私の何よりの願いです。
 和泉殿とは、本当に仲良くなられましたね。しばらく前の貴方の手紙、覚えていますか。あの頃からは想像もつかなかったです。貴方が良き仲間、良き上司を持てたようで、私も心から嬉しいです。

 それと大蛇族のこと、封印の陰陽術のこと、こちらで手掛かりがつかめました。
 やはり先の事件の陰陽術師が持っていた書物が役立ちそうなのですが、何せ大事件の参考品、未だ幕府に保管されて調査中にあります。白狼隊に差し戻されるまでもう少し時間がかかりそうです。
 あと少しで私も貴方の役に立てそうです。もう少し、もう少しだけ待っていてください。

 貴方が無事に江戸に帰る日を心待ちにしています。

長谷部廉次郎 

追伸 お盆も過ぎてしまいましたが、貴方はまだ京から帰れそうもありませんね。
   盆にも帰らないなんて、貴方は覆水のような方ですね。



【京から江戸へ】

拝啓 廉次郎さんへ

 廉次郎さんは心配性ですね。大丈夫ですよ。私はこの通り、ぴんぴんしてますから。それに私は一人ではなくて、助けてくれる蒼龍隊の仲間たちがいます。たとえ一人が危機に瀕していても、皆で協力すれば必ず道は拓ける、最近そう思います。
 この間、蘭さんが自分は大蛇族の血をひいていることを明かしてくれました。大蛇族のことは、本人も最近の事件で知ったようなのですが、でも自分が普通の人間でないことを昔から酷く気にしていたみたいです。大蛇族だとわかってもここにいていいのかって、蘭さんは言うのですけれど、そんなの当たり前じゃないですか。私以外の皆も一緒です。そう言うと、普段はあまり表情に出ない人なのですけれど、とても嬉しそうでした。
 考えてみると、蘭さんは何かにつけて仲間という言葉を大切に使っていた気がします。私たちは当たり前と思ったことでも、もしかすると今までは敬遠されたりしてきたのかもしれません。そう考えると、一緒にいるのが当たり前な仲間って特別なもので、皆と仲間でいられて良かったなと思います。

 そうそう、覆水盆に返らず、ですよね。ひっくり返してこぼしてしまった水はお盆には返ってこない。後の祭りとか、後悔先立たずと同じような意味で使われる言葉だって、ちゃんと知ってます。
 なんて、冗談です。本当はわからなくて和泉さんに教えてもらいました。和泉さん、たくさん本を読んでいて、すごく博識なんです。きっと廉次郎さんとも話が合うと思います。なかなか洒落たことを言うな、って和泉さん褒めてました。やっぱり廉次郎さんはさすが先生だなと思いますし、聞いてすぐにわかってしまう和泉さんにも感心します。私もお二人を見習わないとだめですね。

 最近和泉さんの調べで大蛇族の封印のことについてもわかってきました。少しずつではありますが、解決に近づいてきているような気がします。京の町のため、蒼龍隊の仲間のため、事件の解決に向けてこれからも頑張ろうと思います。

山形鈴音 



【くず籠の手紙・壱】

拝啓 鈴音殿へ

 蒼龍隊は、本当に貴方にとって大切な仲間たちになったのですね。私も、貴方にとっての大切な存在でいられているのでしょうか。

(手紙に書かれているのはここまでで、くしゃくしゃに丸められている。)



【くず籠の手紙・弐】

拝啓 鈴音殿へ

 蒼龍隊は、本当に貴方にとって大切な仲間たちになったのですね。貴方は私たち白狼隊にとっても大切な仲間ですから、たとえそばで手助けすることは出来なくても、ずっとその身を案じ、貴方の無事の帰りを待っています。
 一緒にいるのが当たり前ということは、私もとても尊いことのように思います。私は、ずっと貴方が傍にいることが当たり前と慢心していましたから。

(手紙に書かれているのはここまでで、くしゃくしゃに丸められている。)



【くず籠の手紙・参】

拝啓 鈴音殿へ

 蒼龍隊は、本当に貴方にとって大切な仲間たちになったのですね。貴方は私たち白狼隊にとっても大切な仲間ですから、たとえそばで手助けすることは出来なくても、ずっとその身を案じ、貴方の無事の帰りを待っています。
 一緒にいるのが当たり前ということは、私もとても尊いことのように思います。大切な人のそばにいられるのは幸せなことで、それが当たり前でいられるというのはもしかするとこの上なく贅沢なことなのかもしれません。その特別を当たり前と思ってはいけなかったのかもしれませんね。

 覆水盆に返らずは、あっさりわかってしまったようですね。答えを聞かれるのを期待していたので、少し残念です。和泉殿は、

(手紙に書かれているのはここまでで、くしゃくしゃに丸められている。)




【江戸から京へ】

拝啓 鈴音殿へ

 蒼龍隊は、本当に貴方にとって大切な仲間たちになったのですね。貴方は私たち白狼隊にとっても大切な仲間ですから、たとえそばで手助けすることは出来なくても、ずっとその身を案じ、貴方の無事の帰りを待っています。
 一緒にいるのが当たり前ということは、私もとても尊いことのように思います。大切な人とそばにいられるのは幸せなことで、それが当たり前でいられるというのはもしかするとこの上なく贅沢なことなのかもしれません。その特別を当たり前と思ってはいけないのかもしれませんね。

 覆水盆に返らずは、あっさりわかってしまったようですね。もっと苦戦するかと思っていました。和泉殿もその知識を活かして大蛇族について調べて下さっているのですね。そんな方がともに事件解決にあたってくれていると聞いて、心強いです。
 こちらでも、幕府の元にあった資料がようやく手元に届きました。ところが古語が多く、掠れて読めない部分も多いので解読に時間がかかりそうです。少しでも早く解読して、貴方の役に立てるよう尽力します。

 貴方の帰りを、ずっと待っています。

長谷部廉次郎 



【ある日記の一文】

 やっと、古書の解読を終えることができました。 
 これで私も、少しは貴方の役にたてるのでしょうか。

 明日、京都へ発ちます。
 ようやく会いに行きます。
 貴方と、貴方の惹かれている方に。




【京から江戸へ】

拝啓 廉次郎さんへ

 久しぶりにお手紙します。でも何を書いたらいいでしょう、わかりません。
 あれから京の町は平和になりました。傷跡も癒えてきて、町は活気を取り戻し始めています。平和が訪れても私たち蒼龍隊は解散せず、これからも町の平和と復興のため、活動していくこととなりました。

 本当は、もっと違うことを書かなければいけないような気がするんです。でもこの気持ちを言葉にしようと思うとうまく出てきません。
 でもとりあえずこれだけは書けます。廉次郎さん、あの時京都に助けに来てくれて、ありがとうございました。廉次郎さんのおかげで、この町は平和になりました。
 きっと、お元気で。
 ごめんなさい。

山形鈴音 



【長い手紙】

拝啓 鈴音殿へ

 早いもので、貴方が京都へ旅立ってからもうすぐ一年近くになるのですね。
 江戸は相変わらず平和です。貴方が発った後には、それでも変わらぬ様子で回っていく町と、少しずつ貴方がいないことに慣れつつある白狼隊がありました。私だけがその流れに入れず、一人だけ取り残されたようでした。貴方からも、江戸の町からも。

 貴方が白狼隊にやって来てからのことを思い返します。考えてみると、貴方と会ってからの二年間の記憶のうち、半分は手紙だけでした。もうすぐ、一緒にいた時間よりも離れてからの月日の方が長くなるのですね。もうそんなに昔のことになってしまったのかと、どうにも信じがたいです。
 
 いつからだったでしょう。最初は白狼隊の名に恥じぬよう、そう言っていた貴方が、蒼龍隊の一員として、蒼龍隊の仲間たちと、そう書くようになったのは。初めは不安げで、私が励ますことも度々会った手紙は、やがて貴方の嬉しそうな報告を、私が聞くだけとなりました。白狼隊に入ったころ、隊士一人一人の手を借りながら少しずつ成長していった貴方は、京都でもまた、そこに自分の居場所を見つけ、私の助けを必要としないほどになっていきました。
 反して私は江戸に残り、悩む貴方に手助けをすることもできず、ただ貴方の手紙を読んでいることしか出来ませんでした。貴方が京都の仲間を嬉しそうに語るようになるにつれ、貴方が帰ってこなくなるのではないか、そう恐れるようになりました。いえ、そんなことに関係なく、離れてから時が経つにつれ、ただその声が聞きたい、会いたい、そう思い煩悶するようになりました。
 本来であれば、遠く離れた地で奮闘する貴方を心から応援していなければいけませんでした。あまり表には出さないようにしたつもりでしたが、舘羽殿にはすっかり見抜かれていたようですね。惣助殿にも、屯所でうたた寝していた際に、貴方の名前を口にしていたようで、それを聞かれていたようです。我ながら大人げなくて、お恥ずかしい限りです。

 いつか貴方は、大蛇族に捕まってしまったと手紙に書いたことがありましたね。
 あの時本当は、私は心から怖くて仕方なかったのです。
 遠く京都にいる貴方の手助けを何もできない。それまでも感じていたことを、この上なく思い知らされました。貴方が大変な目に遭っていても何もできないことが酷くもどかしく、それどころか手紙で知らされるまでそのことすら知らないでいたのですから。
 貴方が危機に瀕していたまさにその時、私はそれも知らずに江戸にいて、鈴音殿は元気にしているだろうかと思っていたのかもしれません。もしも、そのまま万一のことが起きてしまっていても、私は知らせが来るまで笑って寺子屋で授業をしていたのでしょうか。貴方がいなくなってしまっていても、知らずに、ずっと。
 実際の距離以上に、貴方が遠くに行ってしまったような、そんな感覚でした。


 貴方の帰りをお待ちしています。何度手紙に書き、何度強く想った言葉でしょう。
 でも、後になって思うのです。なぜ私はただ待っているだけだったのかと。
 なぜ、自分から迎えに行こうとしなかったのだろう、と。
 気がついて京に向かった時には、もう遅かったのですね。
 貴方はすっかり京都の蒼龍隊の人間でした。
 白狼隊では隊士一人一人の手を借りて成長していった貴方でしたが、蒼龍隊は貴方を中心にして結束していったこと、一目見ただけでわかりました。
 そして何より、貴方の隣には和泉殿がいました。

 気が付いていましたか。貴方の手紙にはいつも、和泉殿の名前が入っていたこと。
 第一印象こそ悪かったものの、その後和泉殿のことをとても嬉しそうに語っていたこと。
 手紙からの些細な疑問も、必ず和泉殿を頼るようになっていたこと。
 私は、貴方の助けになれないだけではない。貴方が和泉殿に惹かれていくのも、ただ見ていることしか出来ませんでした。


 いつもより少々字が乱れてしまったかもしれません。覚えていますか。いつかの手紙で貴方が、私の字が綺麗だと言ってくれたこと。我ながら子供のようだと思いながらも嬉しくて、あれからずっと、普段にもまして丁寧に書くことを心がけていました。
 でも、もういいのです。この手紙が、貴方に届くことはありません。私がこの手紙を京都へ送ることはありません。
 ずっと言えずの想いは、口にすることはなく、貴方に届くことはなく、叶うこともなく、だから終わることもなくて、ずっと私とこの手紙の中に留まり続けるのでしょう。
 それでいいのです。私は、そうして貴方の名残に浸っていたいのです。この痛みも貴方がもたらすものならば。いつかは癒えるものであっても、今しばらくの間は。こうして文をしたためて、貴方のことを思い返している。今は、それでいいのです。今を幸せに過ごす貴方に、機を逃して伝え損ねた想いなど、伝わらなくていいのです。
 不思議なものですね。貴方に伝わることがないとわかると、今まで隠し続けた想いもこれほど簡単に言葉として心の外に出ていけるなんて。
 それが私の弱さなのかもしれません。京都へ発つ日、寂しいですかと問う貴方に、皆が寂しがる、ではなく、正直に私が寂しいと、そう言っていれば良かったのかもしれません。素直ではないのは、私も同じでしたね。

 
 初めは遠く離れた貴方と交わせる言葉が嬉しかったこの手紙でしたが、やがて私は本心を隠して、偽りの言葉を並べるようになりました。貴方のいない寂寥感、貴方への思慕を、何と女々しいことかと押し隠し、貴方を失う不安を、異境で奮闘する貴方の邪魔になると抑えつけました。貴方が良き仲間を持てたようで私も嬉しい、和泉殿がいてくれて心強い。本当は、私の器の小ささ故に、貴方の幸を素直に喜べず、ただ不安に苛まれていたのに。それでも抑えきれずにこぼれ出た言葉に、くず籠の手紙は増えるばかりでした。
 あまりにも多くを偽ってきたと思いましたが、こうして最後の長い長い手紙を書いてみると、私が隠し続けた想いは、ただただ、会いたい、寂しい、帰ってきてほしい、それだけだったのかもしれません。


 覆水盆に返らず。起きてしまったことはもうやり直しがきかない。貴方を行かせてしまったこと、素直に想いを伝えなかったこと、今更悔やんでもどうしようもないことです。
 あの謎かけは、何より私自身に向けた言葉でした。
 知っていましたか。この言葉の語源は、かの有名な太公望が、かつての妻に復縁を求められた時に使った言葉なのです。ですから、起きてしまったことはどうしようもない、それ以外にも、一度袂を別った二人はもう元には戻らない、そういう意味もあるのです。


 考えてみれば、貴方が江戸にいた頃も、京都へ発つ時も、そして京都で再会してからも、私はいつも婉曲な言い回しばかりで、面と向かって直截に好意を伝えたことはありませんでした。本当に、私も素直ではないですね。
 既に伝えるべき時を過ぎた言葉、今更ながら書いてしまおうかとも思います。でもこれは、やはりもう終わってしまったことなのです。ですから、過去のこととして書けば良いでしょうか。そうすれば、これはもう過去のこととなって、最後の見送りで笑顔を見せられなかった貴方も、また私に笑いかけてくれるでしょうか。

 随分長い手紙を書いてしまいましたが、要約してしまうと本当に、ただこれだけなのです。


 私は、貴方が好きでした。


長谷部廉次郎 



―――了―――




<おまけ ~長い長い手紙のその後~>

 亡くした者を炎で弔う。その文化は一体いつから始まったのだろう。
 眼前で爆ぜる炎を見ながら思う。炎は最後の輝きを見せながら残らず焼きつくし、その煙を天に昇らせる。弔う形にこれ以上のものがあるだろうか?
「隊長ー、何やってるんすかー?」
 新人隊士が屯所から声をかけて走り寄ってきた。
「ん?たき火だよ」
「何燃やしてるんすか?…あ、わかった。失敗した恋文とか」
「なっ…、違う!俺じゃない!
 …昔の先輩の手紙だよ。屯所に隠してあった」
「ふぅん…何でそんなものずっと隠して取ってあったんすかね?」
「捨てられなかったんだろ。…捨てられるようなもんじゃない」
「あ、まさか読んだんすか?人の手紙を」
「・・・・・・・読んでない」
「うっそだー、今の間は何すか」
「仕方ないだろ、場合によっては届けないといけないんだから!それより何か用か」
「あ、そうそう。高田隊長にお手紙っすよー。蒼龍隊の隊長から」
「ああ、根津の奴か…。俺あいつ苦手なんだよな…」
「そういうこと言っちゃ駄目っすよー?隊長同士、仲良くしなきゃ」
「うるさい!わかってるよ、そんなの。あまり上司をからかうな!
 それより、お前こんなところで時間潰してて、自分の仕事はいいのか?」
「自分の仕事っすか?…いっけね、巡回すっかり忘れてました。急いで行ってきますね!」
 言うが早いか悪びれる様子もなく颯爽と駆け抜けていく。底抜けに明るいのはいいのだがまだまだ落ち着きが足りない隊士に、やれやれとため息をついた。
 再び炎が爆ぜる音だけになる。燃える炎から立ち上る煙が天に昇り、風に乗り、山の向こうへ、そして空に消えていく様を眺めた。
 こうすれば、京まで届くだろうか?
 …いや、届く必要などないか。誰もそれを望んでいない。
 あれから流れた年月の長さと、記憶に残る彼女の笑顔に想いを馳せる。全てはもう終わってしまった物語だ。手紙の想いは、もうこれ以上ここに留まり続ける必要はあるまい。
 輝き、天へと昇る煙を、ただ最後まで見守り続けた。



―――了―――


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