4th Anniversery

L' histoire d'une fillette malicieuse ~氷炎軍記~
(作:白湖朱雀)

 月が、好きだった。



『L' histoire d'une fillette malicieuse ~氷炎軍記~』




「おい聞いたか? 今回もスプリングを押し切れた、って話!」
「ああ、やっぱりブリュイエール卿の御力って凄いよな。苦況に立たされてた第三師団にあの御方が加わるだけで戦状がガラッと変わっちまうんだから……」
 ――イヴェール皇国皇都ミュスカデル、皇立士官学校にて。
 此処は何らかの形で軍属する将来を夢見ている者達が集う場所。故に軍の動きには一般人よりも敏感で、駿馬によってもたらされる戦況はすぐさま学内を所狭しと駆け巡る。
 現在生徒達の間を繋ぐ話題はもっぱら、スプリングの小部隊とイヴェールの砦となっている第三師団との小競り合いについてだった。開戦直後こそイヴェールは押され気味だったが、第一師団長並びに総軍団長でもあるセレスタン=ブリュイエールが少数の精鋭を引き連れて加勢したところ一転してスプリングの猛攻が削がれ、遂には撤退していったという。
 勝ち戦とまではいかないものの宿敵と充分に渡り合えた、という知らせに未来の士官達は歓喜し、特にその立役者となったセレスタンには限りない称賛の声を注ぎ込んでいた。
 そんな中、周囲の喧噪には我関せずといった様子で読書に耽る少女が、ひとり。
 とは言え彼女も情報科の主席に身を置く立派な士官の卵、戦の話が嫌いなわけではない。ただその胸中に携えているのは他者と異なる思惟だった。
(……確かにセレスタン様はお強い。けれど彼が存分に力を発揮できるように戦場を操っているのは他でもない……あの、人)
 あの人――イヴェール皇国軍正軍師、エルネスト=シャセリオー。これまで幾度となく叩きつけられたスプリングからの挑戦状を眉一つ動かさずに捻じ伏せる、天性の戦術家。
 現在情報科で抜きん出た成績を修めている彼女にとって最も尊敬する人物であり、同時に最も打ち勝ちたい存在でもある。
(士官学校で首位の座につくのは正軍師を目指す者として当たり前のこと。あの人を超えなければ今までの努力に何の意味も無い。……あの人を超えて初めて、私は本当の“軍師”になれる)
 この思いは慕情や憧憬などといった色鮮やかな軽い響きで表現される代物ではない。それはもっと仄暗く、もっと重々しい――例えるならば、喰い千切られそうになるまで全身にきつく巻かれた“鎖”のようなものだ。士官学校の卒業を半年後に控えた中、厄介なことに彼を乗り越えたい気持ちは日増しに強くなるばかりである。


 しかし数年前から抱き続けてきた彼女の切なる願いを叶えるにあたって、現実はあまりにも無慈悲で無情だった。
(順当にいけば、私はこの先副軍師としてイヴェール皇国軍に迎え入れられるはず。でもそれでは駄目……あの人の“下”についている限り、私はずっとあの人に勝てないのだから)
 彼はイヴェール人で、自分もイヴェール人で。
 彼は自分の上司となって、自分は彼の部下となって。
 そんな状態では彼と雌雄を決するなど夢のまた夢だ。互いに全力をかけぶつかり合う為には“敵対すること”が必要不可欠となってくる。
 けれども自分ひとりに対極に立つ機会を創り出す力は無い。所詮は兵法に精通しているだけの、たかが村娘なのだから。
 非凡なる才を秘めた少女――ルネの無音なる独言は、誰に覚られることもなく薄雲の漂う大空へと滲んでいった。



 + + + + +



「……であるからして不利な陣形を強いられた我が国の軍は南東の平野に陽動の少数精鋭部隊を、陽動と挟み撃ちにする形で北東に当時の傭兵隊を置いて敵を撹乱させ、本隊はその不意を突いて西から猛撃しました。陽動と半ゲリラ的な戦法の組み合わせという智謀を以てスプリング勢力を追い払ったのであります」
 ――イヴェール皇国皇都ミュスカデル、皇立士官学校の一教室にて。
 講義内容は数年前実際に勃発したイヴェールとスプリングの小戦闘を主題に作戦の練り方を指南するもので、情報科の必修科目である。
 この知略を用いイヴェール側に勝利の女神を微笑を取り込んだのは勿論、あの人だ。
(兵力のみならず地理的な面も劣った条件での奇策、そして勝利。……流石、ですね)
 嗚呼、戦ってみたい。どうしても戦ってみたい。
 そして超えてみたい。軍師として、彼よりも自分の方が勝るのだと証明したい。
 一旦静めたはずの欲望を無意識のうちに再燃させる少女の鼓膜を叩いたのは、講師の不意なる言葉だった。
「この戦闘はここ数年の間で最も苦しめられたものの一つでした。ですが間もなくかの国の正軍師の座が空席になりました故、それからのスプリングはイヴェールが誇るシャセリオー卿の敵ではなくなったのです。いくら将軍が有能であっても軍師のいない軍隊に戦局を読むことは出来ませんからね」
 滅多に冷艶なる表情を崩さないルネを始め、教室全体が一斉に瞠目する。スプリングにおける正軍師の不在という情報は生徒達にとって初耳も初耳であったのだ。
 どよめきに満ち溢れる空気をそっと押しのけるように、一人の男子学生――ふわふわとした金髪と四角い縁の眼鏡を纏う、柔和な面持ちの青年が手を上げる。
「先生、今の話は本当なのですか? だとしたら今もスプリングには軍師がいないのですか?」
「現在どうなっているのかまでは存じませんが、少なくとも半年前までは空席のままだったと記憶しています」
「ではつい最近の小競り合いも……向こう側は軍師なしで襲撃してきた、という可能性は否めないのですね?」
「ええ。その無謀さ……いえ、勇ましさには敵方ながら天晴れです。ですがシャセリオー卿と同等、もしくはそれ以上の力を持った軍師が就かない限りスプリング軍など恐るるに足らず、ですよ」
 その後も学生と講師の問答は続いていく。しかし秀才の異名をとる女子学生の耳には彼らのやり取りなど全く入ってこなかった。
(敵国であるスプリングに軍師が、いない……)
 ……ならば、私が。
 あの人と同等……否、それ以上の力を持った軍師として、その座に私が就けば――
 私の願いは、果たされる。



 + + + + +



(……凄い……)
 ――スプリング王国王都カラント、王城にて。
 例の講義から程無く、ルネはスプリング軍に向けて「貴国の軍に軍師として入隊したい」との書簡を届け出た。思い立ったが吉日、善は急げ、というものだ。
 それから待つこと数週間、ようやくやってきた出頭要請に応えるべく秘密裏に海を越え、門番に事情を話して応接間に案内してもらったのだが。
(内装も立派だし広さも半端ないけれど、少し見た限りでも軍備は申し分ないようだし……何より間取りと造りが見事なまでに堅固なもの。……一応、期待は出来そうですね)
 惜しみなく敷き詰められた真紅の絨毯や天井を彩るシャンデリアよりもついつい軍事関係のものを気に掛ける自身の思考回路に心中で苦笑していると、背後で扉が少々軋んだ音を奏でて開いた。
 恐らく面接官が入室したのだろうと直感し、起立して頭を垂れる。
「ああ、そんなに畏まる必要はない。顔を上げなさい」
 穏やかに降り注ぐ美声につられてゆっくり前に向き直ると、其処には左眼をあの人とよく似た赤髪で覆う、目鼻立ちの整った男性の姿が在った。純白の生地に黒い縁取りが施された軍服と腰元に挿された物々しい剣を見るに文官でないことだけは確かだ。
 何を訊いて良いか分からず閉口する少女にふわりと微笑んだ男性は、次なる台詞を紡ぐ。
「私はスプリング軍総司令官を務めているユーイン=ステュアートだ」
「……ルネ、と申します。以後お見知り置きを賜りたく存じます」
「そう固くなるな、自然に話してもらって構わない。今日は遠路はるばるご苦だった……さあ、掛けなさい」
「お気遣い感謝致します」
 やんわりと促されて贅沢な飾りの付いた椅子に座すと、ユーインも相対した椅子に深く腰掛けた。
 面接官どころか総司令官御自らがこうして出向くとは、と唇を噛み締めるルネとは反対に、彼は流れるような仕草で持ち合わせた数枚の書類に目を落とす。
「ルネ……エーレル村出身の十九歳、今夏にイヴェール皇立士官学校を卒業予定、か。聞くところによると学内一位の成績を修めているらしいな」
「はい。学生故実際に戦場へ赴いた経験はありませんが、策を練ることについては正軍師以上の誇りを持っていると自負しております」
「これは頼もしい。だが……」
「……我が軍の軍師に登用するとなると敵国イヴェールの人間をそう簡単に信用する訳にはいかない――と、仰りたいのですね」
 気まずさが広がる表情で言葉尻を濁した総司令官を遮り、少女は推し量った彼の心情を鋭く突いた。
 自分より一回りも年下の者に台詞の続きを奪われたユーインは息を呑むと、その緊張を解くように目を伏せる。どうやらこの少女、口先だけではないようだ。
「気を悪くしたのなら謝ろう。しかし軍師は戦の舵取りを担う重要な役だ……私一人がお前を信じたとしても、周りの皆が納得しない可能性は大いにある」
「ええ、私もそう思います。突然こんな風に押しかけて来た無粋な輩にすぐ信頼を置くのは全く以て早計なことです。……ですから、私をお試しください」
「試す?」
 ルネは訊き返された問いに頷くことで返答する。
 菫色の双眸は揺れも迷いも無い、此処ではない何処かを真っ直ぐに捉えていた。
「お試しください。私の軍師としての才がどれほどのものであるのかを、私がスプリング軍にとって必要に値する存在なのかどうかを、私を信認することでどれだけの利益が見込めるのかを」
「……その言い方では『自分を人と見做さず戦の道具として使役しろ』、と聞こえるが。本当にそれで良いのか?」
「将軍に温情があるのは部下を統制する為の手段として役立ちます。ですが軍師はそういう訳にも参りません……戦の盤面を読む者に求められるのは人情を熱く滾らせることではなく、実情を精確に把握することです。時に駒として動かされるのも時に人を捨て非情となるのもやむ無きことと存じておりますが……何か?」


 少女が繰る音の羅列はどこまでも透明で穢れなど一欠けらも入り混じっていなかった。
 ただそれが孕むモノは途轍もなく大きく、途轍もなく冷たい。まるで氷塊そのものだ。
「いや……お前がそう明識しているのなら問題は無い。では望み通り能力を測らせてもらうぞ。但しもしお前がイヴェールの手先だという疑いを少しでも持たれた場合は……解っているな?」
「……ええ。その時はどうぞ遠慮なく、この首を斬り落としてください」
「良い心構えだ。早速本題に入るが――お前にはイヴェール侵攻の手引きをしてもらいたい。これを遂行した暁にはお前をスプリング軍の正軍師に任命することとしよう」
 当初は躊躇いがちだった彼の声音は対話を経るうちに厳しいものになり、とうとう契約の語句へと辿り着く。
 ルネは変わらないままの表情に微かな色を挿し深々と一礼した。
「ありがとうございます……。それでは問いますが……スプリングはもう開戦の手筈を整えているのですか?」
「ああ。貴族会では既にノースクリフ侯爵という方の後ろ楯もありイヴェール侵略が是と議決されている。先日の競り合いもその一環だ……結局これといった戦功は無かったがな」
「上層部は戦争を始めたくて仕方がない……詰まる所構成要員の多くが“死の商人”と結託している、という訳ですか」
「聡いな。戦が起これば武器も食料も需要が高まってぼろ儲けが出来る故、お前の言う通り並いる商家が開戦を心待ちにしているのは事実だ。しかし理由は他にもある」
「……飢饉、ですね」
「やはり優秀な士官の卵にはお見通しか。――我が国はここ数年酷い食物不足でな……人民、特に三等市民と呼ばれる者達への皺寄せが限度を超え始めている。何とか彼らの関心と不満を外に逸らし、尚且つ征服地から作物を搾取するより道が無いのだ」
 そう語るユーインの面には心なしか影がかかっているように思われる。本来内政には関与しないはずの総司令官がここまで口にするとなると、スプリングの食糧難は余程逼迫した状態にあるのだろう。
 だのにイヴェールへ本格的な進撃を開始しないのは偏に、あの正軍師と張り合える軍略家がスプリングにいなかったからに違いない。
 俯いたまま暫し考えを巡らせていた少女は徐に、視軸を眼前の男性に合わせた。
「……イヴェール侵攻に関しての段取りですが……」
「! もう何か思いついたというのか?」
「はい。ですが……たった今練った大まかなものなので殊更に申し上げるのも……」
「いや、良い。とにかく言ってみなさい」
「……それでは。まず中央洋に面したコワン砦は確実に落とす必要があります。皇国軍の中でもなかなかの規模を持つ第三師団が守っている以上、其処を砕くことはイヴェールの兵力を削ぐことに直結しますから。次に軍を北西に進め……」
 ルネは一旦瞳を閉じると、一つ呼吸を整える。
 薄氷のような光を湛える彼女の髪が、窓からの風と共にさらさらと舞った。
「イヴェールの南東に位置する小村――エーレルを、潰します」



 + + + + +



『拝啓、ルネ殿。我々は貴女をイヴェール皇国総軍の副軍師として正式に召集したく存じます。つきましては……』
 ――イヴェール皇国皇都ミュスカデル、皇立士官学校に併設された女子寮にて。
 イヴェール皇国軍からの“副軍師”就任を促す召集令状がルネの手元に届いたのは、既にスプリング王国軍との密議が煮詰りの段階を迎えている頃だった。
 そんなことなど露知らず誘いをかけてくる皇国軍の甘さにはほとほと呆れるが、受け取ったものには礼儀として返事をしなければならない。例え内容が副軍師の地位を蹴ることであってもだ。
 手近にあった都合のいい長さの巻紙を取り、使い古した羽ペンを握り――そこで少女は肝心のインクが切れかけているのに気を留める。ここ数週間は卒業の為の課題や論文が山積みで通時よりも減りが激しかったのだろう。
 部屋に備え付けられている古ぼけた小窓から空を仰ぎ見れば、陽は遠方に連なる山脈へと身を隠し始めていた。
(そろそろ店仕舞いの刻だけど……急げば買ってこれるかもしれない)
 現在携わっている計画にスプリングへの正軍師登用がかかっている以上、無駄なものに余計な時間を捧げたくはない。
 面倒事を引きずらない為にも今日もしくは明日中に副軍師辞退の由を伝えなくては、と意を決し、小銭をポケットに滑り込ませると、少女は足早に自室を後にした。



「……あれ? ルネさん?」
 けれども急いでいる時に限って会わなくてもいいような人物と鉢合わせしてしまうというのは、よくあることで。
 例に漏れず、寮の玄関を潜り抜けたルネは“会わなくてもいいような人物”――フレデリック=ロドリーグに呼び止められてしまった。ちょうど買い物帰りだったのか彼の両腕には大きな紙袋が収まっている。
 彼とは情報科の同期で充分に顔見知りな間柄なので無視していくわけにもいかない。差し当たりこんばんは、といつも通りに挨拶を上らせると青年もこんばんは、と応え律儀に頭まで下げてきた。しかしその顔は、一見しただけで汲み取れるほどまでに動揺の色で染め抜かれている。
 相変わらず感情が表に出やすい人だ、と胸中で呟くと同時に、少女は取り敢えず話を動かしてみることにした。
「あの。……何か、ありました?」
「えっ、いや、そういう訳では……」
「……そうですか。でしたら私、少し急いでいるので……」
 煮え切らない態度の青年に会話の打ち切りを告げたルネはくるりと背を向ける。こうやって足止めをくらう一瞬さえも惜しい……閉店時刻はもうすぐなのだから。
「っ、あの、ルネさん……ちょっと待ってください!」
 だがまたしても、呼び止められてしまった。今夜はつくづく運が悪い。
 無理矢理停止させられた挙句わざわざ振りかえってやるのも癪なので、声だけを後方に投げつける。
「……何ですか。用など無いのでは?」
「いいえ。貴女にお訊きしたいことが一つ、ありまして」
「はあ……それなら、手短にお願いします」
 依然として対話相手の顔を見る気などなさそうな痩身の少女に、フレデリックは決然とした口調で疑問を放つ。
「……ルネさんは、皇国軍の副軍師になるのですよね?」
 それはどちらかと言えば、確認をとるような訊き方だった。
 夜風の迫りと共に冷え始めた空気が若き二人の間を撫ぜていく。
「皇国軍の副軍師――ですか。何故今、そんなことを訊くんです?」
「貴女の元にも来たはずです……軍からの通知書が。もし貴女が副軍師に就任されるのであらば、先にお祝いを申し上げたくて」
 青年の声色は常より少し低く、小刻みに震えていた。とても“お祝い”する雰囲気とは思えない。
 しかし無理もないことだ。彼は成績という面において入学当初からルネと一位の座を争ってきたが、終ぞ彼女に敵わなかった。それは彼ではなくルネが“副軍師”に抜擢された時点で最も明確なカタチを成す。
 超えたい壁を超えることの出来ない歯痒さや悔しさは、彼女自身がよく知っている。
(……貴方って本当に、嘘の下手なひと)
 何とも言い表せぬ同情を心の奥に押し遣ると、ルネは一度大気を食んで開口した。
「お祝いの言、ありがとうございます……と、本来なら返すべきなのでしょうが。生憎私は副軍師に就く気はありませんので、そのような気遣いは不要です」
「え……?」
「貴方が推察した通り、私のところに副軍師の就任依頼書が送られてきたのは事実です。……けれどそれを受諾するもしないも私の勝手ですから」
「な、正気ですか? 折角エルネスト殿の下で色々と学べる良い機会なのに!」
 予期せぬ物言いを受け、案の定フレデリックは驚愕しているようだった。先程とは違う色の動揺が紅の瞳に隈なく映し出されている。
 そこで初めて、少女は青年の立ち姿を真っ向から見据えた。
「……正気です。私には副軍師となるよりももっと大事なことがありますので。副軍師には貴方が就いてください」
「何を言っているんですか? 私では駄目です……首席である貴女でなければ!」
「本当にそう思うのですか。副軍師の職務に興味の無い私と、副軍師に憧れを抱いている貴方……どちらが真の意味でイヴェールに貢献できるかなど、自明でしょう」

『やる気のある者こそが、副軍師として軍の役に立つ』。



 何としてもスプリングの正軍師になる為、そして頭に血を上らせたフレデリックを窘める為の咄嗟で出まかせな句ではあったが、妙に的を得ている気がする。
 どうやらこの発言は眼前の青年にも効果覿面だったようで、彼は視線を彷徨わせ口篭っていた。
「そ、れは……そうかもしれませんけど」
「……もう一回言います。副軍師には貴方が就いてください、フレデリック殿。貴方ならきっと立派に務められる……“副”の役には貴方が一番相応しいはずです」
 ――少なくとも“副”としてあの人の“下”に配属されるのを嫌悪している私よりは、ずっと。
 そう続くはずだった台詞を呑み込み、反応を待つこと数十秒。ようやくフレデリックは曇らせていた面持ちを溶かす。
「分かりました。ルネさんが辞退するのならその役目、喜んで引き受けましょう。……ごめんなさい、長々とお引き止めしてしまいましたね」
「ああ……そう、ですね」
 青年の仕草につられ上空に目を走らせれば地の際にあった太陽は沈みきり、代わりに少女の好きな月が煌々と辺りを照らしていた。道具屋の閉店時刻などとうに過ぎている。
 呼びかけに付き合う時点で間に合わなくなることなど頭のどこかで理解してはいたが、今日中に皇国軍への返事を書いてしまおうと意気込んでいただけにやはり残念な思いは拭えない。ルネの丹唇からは知らず知らずのうちに溜め息がひとつ零れ落ちる。
 青年は彼女の動作が怒りに依るものだと直感的に判断したのか、酷く慌てふためいているようだった。
「本当にすみません! 何か火急のご用事があったんですよね?」
「……火急、とまではいきませんが。インクが切れたので買いに行こうかと……」
「インク? あ、それならコレ、どうぞ」
 不意に手持ちの茶色い紙袋を漁ったフレデリックの手から洒落た瓶が渡される。
 中身は話題に上っているそれそのものだ。
 あまりにもごく自然な流れだった為一瞬呆けてしまったルネの思考は、すぐに元の鋭利さを取り戻した。
「あの……いいですよ、ここまでして頂かなくても。貴方もこれが入用なんでしょう?」
「ええ。でも念の為に、と思って沢山買いましたから一つお裾分けしますよ!」
「そう、言われましても……」
「第一貴女を足止めしてしまったのは私なんですし。そのお詫びとして受け取ってください」
 ね? と邪の無い笑顔を向けられては反論する気も失せる。
 上手い返詞を作れないまま手中の贈り物へ眼差しを落とす少女に「それでは失礼します」とだけ告げ、フレデリックは金糸のような髪を踊らせながら男子寮へと帰っていった。
 結果的に一人ぽつんと取り残されることとなってしまったルネは小瓶をそっと月にかざす。青白い光と漆黒の液はガラスを通して不思議と調和し、独特な色合いを織り上げていた。
(『ルネさんが辞退するのならその役目、喜んで引き受けましょう』……ですか)
 席次ではいつも二番手だったとは言えフレデリックの力は相当なものだ。虫一匹殺さぬような穏やかさの中に垣間見えるのは、膨大な知識に裏打ちされた静かな闘志。頂上を奪われることの無かった自分でも侮ってかかることなど決して出来はしない。
 そんな彼があの人の部下となれば、イヴェールの知恵袋はより堅実なものとなるだろう。
(あの人とフレデリック殿なら……相手に取って不足はない。これは面白くなってきましたね……)
 少し手首を振ってみれば、滑らかな洋墨は音を立てることなく弧を描いた。
 ゆるゆると細波を生み出すそれに形の無い微笑みを呈し、ルネは足を館内へと差し向ける。
 ――どこか物寂しげな月光は、彼女の後姿を長く細く現し出していた。



 + + + + +



「こっちの組み立ては終わったぞ! そっちはどうなってる?」
「すいません、もう少しかかります! 其方の手が空いてるなら幕舎の布をお願いしたいんですけど……」
 ――イヴェール皇国ヴェルト地方、スプリング軍屯営地にて。
 あの後何事もないような顔でミュスカデルの士官学校を卒業したルネは何事もないような素振りで帰郷し、裏ではスプリング軍との会合を重ね着々とイヴェール侵攻の準備を進めてきた。正軍師の地位を掴み取りたい一心により、数か月に渡って全力を傾けることで策を隙の無いものへと完成させてきたのだ。
 そして来たる数日前、スプリング軍の主力部隊を使ってノルテ大陸東岸から不意なる奇襲攻撃を展開。完膚なきまでにコワン砦、並びに砦の守護者であるイヴェール軍第三師団を叩きのめした。現在スプリングの兵士達はコワン北部にある平野に駐屯用の天幕を張り巡らせている最中である。
 慌ただしく設営に励む喧噪を背景に、陣の最奥では次なる作戦についての軍議が開かれていた。面子が揃ったことを確認した総司令官は一つ咳払いを零す。
「……それではルネ、今後の戦略を提示してくれ」
「はい。今日のところは此処で休息を取りますが、明日の昼過ぎには軍を出発させて西のエーレル村に向かう予定です。どういった形で彼の地を手にするかずっと思案していたのですけれど……『火を以て攻を助くる者は明なり』とも言いますし、私としてはやはり当初立てた策の通りジェラルド殿を起用する方向でいきたいと考えております」
 軍略家から名を指された眉目秀麗な少年――ジェラルド=アルヴィン=ノースクリフは両肩を僅かに跳ねさせた。
 まだあどけなさを包含する容姿からも窺えるように、彼は“将軍”に就任してから日が浅い。戦士としてもまだまだ未熟な部分が残っているのに突如一隊を率いる大役に抜擢されたのだから臆するのも当然の感情だ。
 そんな少年の様子などお構いなしに、ルネは言葉を続けていく。
「いかに味方の損失を防ぎつつ敵方を殲滅するか、が戦の本質であるのは言うまでもありません。その点においてジェラルド殿が操る“メギドの火”は多大なる効果を発揮することでしょう。……焼けば家屋も人間も……何も、残りませんから」
「どうだ、ジェラルド。……出来そうか?」
「……は、い。僕の力が皆さんの力となるならば……この“焔”、喜んで捧げる所存です」
 心持ち頼りなさげに、しかしはっきりと返答する少年将軍を見遣りユーインは不安そうに目を細めた。後先にまで影響を及ぼす戦において重責を被せてしまうことに少なからず抵抗を覚えているのだろう。
 そんな上司の所作を察知した褐色の肌を持つ第三将軍――ビアンカ=ルーンは後ろめたそうに唇を震わせる。
「あの……ルネ殿。貴女は何故エーレルを襲撃することに拘るのですか? 一村を占領下に置いたからと言って我々に特段利があるようには……」
「これからイヴェールに挑むにあたって、まずはスプリングの力を明示するのが得策だとは思いませんか? 今回は一味違うというところを先立って知らしめておくのです……何せ今までスプリングはあと一歩というところでイヴェールに押し負けてきましたし」
「女……俺達を愚弄するか? いい身分だな!」
「愚弄? そんなつもりなど、全くありませんが。……私は真実を述べたまでです」
 『押し負けてきた』という句が癇に障ったのか、猛々しく唸ったのは第二将軍――グレン=バーンハードだ。
 鋭い台詞を以て容赦無く冷ややかな視線を刺すと、気を荒げた男は面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「……続けます。無論エーレルを襲撃するのは引き立て役になってもらう為だけではありません……主目的は食糧です。エーレル村の管理下には非常に多くの田畑が在りますので、其処を抑えれば暫くは兵糧に困らないかと」
「成程……。確かに飢饉に喘いでいる本国に軍糧を要請するのはなるべく避けたいところだしな」
「そういえば明日、彼の村では豊穣祭が行われるそうですから……蔵には沢山の糧食が詰まっているのでしょう。楽しみなことですね」
 ルネの進言を受けて合点していたユーインの後を続けたのは、彼の忠実なる秘書官――ウィリアムである。上層部に参入したのはつい最近のことだが、スプリングのみならずイヴェールについても熟通している才識の深い青年だ。
 少女等の説明を受けて尚、ビアンカは気乗りのしない素振りを見せていた。が、終いには首を縦に動かす。
「……了解、しました。エーレル村には気の毒なことですが……これも避けては通れない道と心得ます」
「ご理解頂けて幸いです、ビアンカ殿。では……この作戦は明日昼過ぎに決行するということで宜しいでしょうか?」
「ああ、少し待って頂けますかな、ルネ殿」
 遮りの一言を挟んだのは身を緑色で統一しているヘルプストからの参謀――ヘルマン=ヴィンターだ。軍隊の指揮よりは情報収集とその分析に優れた功績を残しており、自らの部下の中には有能な間者を抱え込んでいるらしい。
 自分より二回りも年を重ねている彼に「何か不都合があるでしょうか」と問えば、意地の悪さが燻る新緑の双瞳とぶつかった。
「いやいや、策自体に何ら問題はありませんよ。ただ明日が火攻めに適した天候になるかどうか心配でしてね……そこのところに自信の程は?」
「……西空が晴れていたことを踏まえれば大きな崩れは無いと予想出来ましょう。それに明日は月が東南東に来ます……風も起こりやすくなるはずですが」
「おや、貴女にしては珍しく女子らしい発言ですな。空や月から戦を読むとは」
「空の話にしろ月の話にしろ古の文書より引用したまでです。先端をゆく合理な論にばかり依存するのではなく先人が遺した非合理な伝承をも利用していくのが、私の構えですから」
 小馬鹿にするような言い回しに素気無い返しを差し込むと、ヘルマンはにやにやと薄笑いを浮かべて引き下がる。
 協調しているとは到底思えない空気を纏めるべく、総司令官は声を張り上げた。
「皆、異論は無いな? それでは明日に備え各自身体を休めておくように。……以上だ」

 +

 三元将に年若い将軍、そして他国の参謀が去った後、ルネは書類と睨みあっているユーインの所へと出向いた。気を利かせ飲み物を用意しようとするウィリアムの厚意を丁重に断り、執務の邪魔にならないよう小声で話しかける。
「……ユーイン殿」
「ああ、ルネか。先の軍議ではよく仕切ってくれた」
「いえ。これくらい、他愛もないことです」
「……お前は本当に肝が据わっているな。グレンにもヘルマン殿にも気後れしない人間などそうはいないというのに……あれだけ達者に切り返せるとは見事なものだ」
 グレンは機嫌を損ねると厄介だしヘルマン殿はなかなか思惑の掴めない方だからな、と喉の奥で控えめに笑う総司令官の横顔はどこまでも安らかなものだった。大軍を一本に縒り上げる者にしてはいささか悠然すぎるような気がしないでもないが、これも全ては彼の人柄から滲み出るものなのだろう。
 立場上「はいそうですね」と返すわけにもいかず無言を貫いているのを覚り、ユーインは手早く話を聴き入れる態勢を整えた。
「それはそうと、私に用事があったのだろう?」
「あ……はい。これから最終確認の為に一旦エーレルへ赴きたいのですが、許可を頂けますでしょうか。昼前には合流しますので」
「それは構わないが。……良いのか?」
「……何がです?」
 彼の言わんとしている内容を理解した上で敢えてそう訊けば、彼も少女の言わんとしている内容を汲み取ったのかゆるりと頭を横に振る。
「いや、何でもない。……此方のことは心配無用だ、昼前と言わず出来る限り長くエーレルに止まるといい」
「ですが……」
「ジェラルドの焔はありとあらゆるものを灰燼に帰す。焼き討ちすると決定したからにはエーレルも只では済まされん」
「……」
 ぷつりと途切れた会話、続いて訪れる沈黙。
 幾多の戦をその身に刻み込んだ総司令官は一呼吸を置くと、聞く者全てが射竦められるかと錯覚するほどに綺麗な声音を以て、こう告げた。
「……少しでも故郷を想う気持ちがあるのなら最期の一日くらい見納めしておけ。お前の知るエーレルは――」



 + + + + +



『出来る限り長くエーレルに止まるといい』



 ――イヴェール皇国ヴェルト地方、農村エーレルにて。
 年に一度の大掛かりな催しである“豊穣祭”の準備に浮足立つ村民の間をすり抜け、ルネは午前の時間全てを使って最後の仕上げに取り組んだ。いくら焼き討ちをするとは言え勢いあまって穀倉まで焼いてしまっては兵糧計画がガタ崩れとなってしまう。何処に何が据えられているのかを正確に把握して着火する箇所を絞っていかなければならない。
 村中を入念に調べ終え調査内容を記載した伝書を本陣に送ると、引き続いて自宅にうず高く積もる古本の整理にかかり、燃やしても惜しくない本と持ち出しておきたい本とを手際よく分別していく。
 相も変わらぬ無表情で黙々と作業をこなす少女の脳内では、昨晩総司令官が放った言の葉が幾度となく反響していた。

『焼き討ちすると決定したからにはエーレルも只では済まされん』

 エーレルが只で済むわけがないのは、「故郷を潰す」と自ら断言したあの日から解っていたことだ。今更感傷に浸る心など持ち合わせてはいない。

『最期の一日くらい見納めしておけ』

 けれど彼に言われたまま何となく昼過ぎまで残り“見納め”に辺りを眺めれば故郷にとっての“最期の一日”は酷く賑やかで酷く華やかで、酷く楽しげで。
 「食せる茸を見分けてほしい」と悪びれる様子もなく押しかけてくる少女も、
「どうして軍師になろうと思ったのか」と無邪気に問う幼子も、屈託なく笑うどこかとぼけた印象のある少年も……皆、みんな、幸せそうで。

『お前の知るエーレルは――』

 それでも自分には譲れないものがある。例え国を、故郷を、皆の幸せを踏みにじることとなっても、だ。
 ……後には、引けない。



 +



 その夜、エーレルは驚くほど呆気なくスプリングの手に落ちた。
 村を喰らい尽くす炎熱地獄はさながら夜闇に浮かび上がる祭の風景のようだった。落陽しても尚強さを増す“光”は時が経つごとに照らす範囲を拡大していく。
 しかしその光源は同時にパチパチと小気味良い音を鳴らして木造の建物を燃やし、どす黒い煙を濛々と湧き立たせていとも簡単に“ヒト”を只の“肉塊”へと変えていた。
 紅い月の下で戦場が持つ独特の香りと生温い風に抱かれ炭と化していく故郷を見遣れば、自然とあの台詞が脳裏に蘇る。

『お前の知るエーレルは――もう二度と、還らないのだから』

(『もう二度と還らない』……私の帰るべき場所はもう何処にも存在しない。これで正真正銘、私は前に進むしかなくなった)
 煌々とした輝きの中で爛れてゆくエーレルに昏く冷え切った微笑みを捧げ、ルネはひとり、高らかに唄った。
「さあ、宴の始まりです。貴方も大いに楽しんでくださいな……イヴェールの至宝、エルネスト=シャセリオー」



 + + + + +



 月が、好きだった。
 日々形を変えて現れる姿が、太陽の影となりどんなに目立たなくとも毎日昇り続ける姿が、様々な心情を宿す人間に――報われなくとも諦めずに這いつくばる人間の性に似ている気がして。
 けれどこの感情は今宵限りで封印しよう。
 これから先、あの人と衝突していく上で「人間らしい面を持っている月が好きだ」などという思いは邪魔以外の何物でもない。私はあの人に勝つ為に正軍師という“道具”になり、正軍師として兵という“道具”を使役しなければならないのだから。
 ……私は私の内にある“人間の心”を、棄てる。



 + + + + +



「では今回も……僕が、前線に出るのですね」
「……ええ。ユーイン殿もそれをお望みでいらっしゃいます」
 ――イヴェール皇国ロズ地方、要塞グルナードの廊下にて。
 エーレルと同様の手段を用いて皇都ミュスカデルを陥落させたスプリング軍は、もぬけの空となっているグルナード要塞へと拠点を移し終えた。密偵によればイヴェール軍は最後の賭けとしてノルテ大陸西端のアマンド城砦に籠ることにしたらしい。
 グルナードとは違いアマンドは東側からの攻撃に耐えやすい構造になっている為、打破するにはより精度の高い策が必要となってくる。そこで切り込み役として引き抜かれたのはまたしてもジェラルドだった。
 正軍師より自分の出陣が総司令官の意向であることを告げられた少年将軍は途端に口元を綻ばせる。
「分かりました、やってみます。……具体的にはどう動けば良いですか?」
「ジェラルド殿の次なる使命はアマンド城砦を攻め落とし、スプリングに完全なる勝利をもたらすことです。それにはまずフレイズ山脈を跨がなければなりません。なかなかに険しい道ではありますが……出来るだけ急いで山越えを完了させ、平野に下りたら山脈を背に陣を敷いてください」
「『平陸には易きに処りて高きを右背とすべし』……兵法の基礎、ですよね」
 ジェラルドの返答に対しルネは小さく頷いた。
 流石は名家ノースクリフの御曹司にして最年少将軍、兵術も抜かりなく嗜んでいるようだ。
「そこまでお解りなら話は早い……後は開戦したら隊列を乱さずぶつかり合ってください。但し深入りしてはいけません……敵方が消耗し始めた頃合いを見計らい、貴方の焔の力でアマンドを焼尽するようにしてください。それから……」
「? それから?」
「……いえ、何でもありません。それでは手筈通り、宜しくお願いします」
 一瞬、少年に“メギドの火”に対抗しうるシキ島の“水龍”についてを伝えるべきか否か躊躇ったが、最終的に心中へと押し留める。
 彼はまだまだ幼い――イヴェールが“水龍”と手を組むかもしれない、と知ってしまえば戦に赴く前から平静さを欠く可能性は十二分にあり得る。既に“水龍”暗殺の為の刺客を向かわせた以上滅多なことは起こらないはずだし、余計に気遣わせる必要もないだろう。
 そう素早く思考を巡らせて会話を切り上げ、辞儀をした少女を暫く見つめていたジェラルドは、不意に翠緑色の瞳を曇らせた。
「ルネさん。……貴女は、僕の力をどう考えているのですか」
「え?」
「ユーイン様が仰ってました……『お前の力は“殺す”為のものではなく、民を、国を“守る”為のものだ』と。僕自身そうであってほしいと思います。でも現実として僕はこの力で沢山の人を殺してきたし……そしてまた、これからも殺そうとしている。メギドの火は果たして“殺す”力なのか“守る”力なのか、僕には分からないんです」
「……軍師として申し上げるならば……貴方の力が“殺す”為のものであるのは否定出来ません。戦は所詮単なる殺し合いに過ぎない……そういった意味でメギドの火が貴重な殺戮兵器として扱われているのは事実ですから」
 少しの逡巡の後、「貴方の力は“殺す”為のものだ」と言い切れば、少年は
「やっぱりそうですよね」と眉尻を下げて俯いた。
 項垂れる頭を視界に収めたルネの口唇は、更なる台詞を接いでゆく。
「ですが私個人として申し上げるならば……力とはそう簡単に定義出来るものではありません。いくら『国を守る為だ』と大口を叩いて力を振るったとしても、突き詰めればその者の行いは“殺人”でしかない。逆にいくら『自分は殺人鬼だ』と認識して力を振るったとしても、その者の行いが結果的に“救国”に繋がる場合もある。力は往々にして表裏一体……“殺す”為のものか“守る”為のものか、と両極端のどちらかに限定するのは難しいかと存じます。……勿論『大切なものを“守る”為にこの力を発揮するのだ』と主張なさるのは個々人の意思に依りますし、何も悪いことではないと思いますけれど」
「……力は表裏一体、か……」
「申し訳ありません。……出過ぎた物言いを致しました」
「いいえ、こっちこそ変なことを訊いてすみませんでした。……では、失礼します」
 相手が大貴族の一員であることに気づき先程よりも深く辞儀をしたルネを宥め、ジェラルドはくるりと踵を返した。鮮やかな緋色の外衣も一連の動作に合わせて翻る。
 そのまま二、三の歩みを進めると、彼は此方が聞こえるか聞こえないか分からないほど微小な声音で、ぽつりと呟いた。
「……いっそ、戦に狂えれば良かった。そうすればこうして迷うことも無かったのに――」



 + + + + +



「申し上げます!」
「……騒々しい。何事ですか」
「はっ。ヴィンター様の間者によれば、シキ島の“水龍”がイヴェールに助力する運びとなったそうです」
「! ……そう、ですか。報告ありがとうございます」
 ――イヴェール皇国ロズ地方、要塞グルナードの一室にて。
 情報部からの予期せぬ通達を受けルネの表情は苦渋の色に染められた。
(まさか、暗殺に失敗するとは。選り抜きの兵を送ったからには大丈夫だと読んでいたのですが……)
 そこまで思い及び、少女は考えを遮った。“水龍”がイヴェール側についたことを嘆いてばかりもいられない。今一番気に掛けるべきは数日前に此処を出立した、あの少年だ。
 らしくない動揺の意を紛らわす為に目を固く瞑れば、あの時彼が思い詰めた様子で零した詞が耳奥で疼く。
『メギドの火は果たして“殺す”力なのか“守る”力なのか、僕には分からないんです』
(……まずい、ですね。早急に手を打たなければ……)
 ぎり、と咬牙すると同時に、ルネは総司令官の執務室へと足先を向けた。



 + + + + +



「!! ジェラルド……!」
 ――フレイズ山脈、ブリュンヌ地方側の断崖にて。
 小雨が降りしきる中、ユーインは部下の名を呼んだ。しかし絞り出された声は突風が巻き起こす轟音にいとも容易く手折られ大気へと霧散する。
 事情を呑むや否や指揮権を交代する為に要塞を出発したユーインと彼に同伴したルネは、馬を鞭打ちアマンドまでの最短距離を飛ばしてきた。だが状況が一望出来る場所に到達した時にはもう、戦は終局を迎えていた。
 スプリングの戦列は大きく歪み、一人、また一人とイヴェールの爪牙にかかってゆく。遠目から見ても兵の士気は落ち込み、雨水による土壌の泥濘も手伝ってか動きは格段に鈍くなっている。
(『山脈を背に、隊列を乱さずに』と申し上げたのに……。やはり“水龍”を前に後込んでしまいましたか)
 少女が眉間に皺を寄せた刹那、遥か下方で一際大きい喚声が上がった。蟻にも塵にも例えられるような黒々とした群集の芯に在るのは白銀の鎧を纏い、生き血を啜ったかのような緋の外衣を負う将軍――
 ジェラルド、だ。

『……いっそ、戦に狂えれば良かった。そうすればこうして迷うことも無かったのに――』

 戦に狂うことの出来ない迷える少年が、落ちたのだ。
「……引き揚げましょう。私達が今此処に居る意味は、ありません」
 悔しさと哀しみが入り混じったような面持ちで絶句する総司令官に向けて現実を端的に表すと、彼は手綱をきつく握り締めてもと来た道を駆け降りていった。ルネも馬を繰ってその後を追う。
 空からの涙に容赦無く身を打たれ立ち去っていく二人の背は、勝者達の歓呼にじりじりと炙られていた。



 + + + + +



「それではヘルマン殿、編成の方は今申し上げた通りのもので宜しくお願いします」
「ええ、分かりましたとも。私めにこれだけの兵を授けてくださること、感謝致しますぞ」
 ――イヴェール皇国ロズ地方、要塞グルナードの会議室にて。
 戦を有利に進める鍵であったジェラルドを失い甚大なる被害を食らったスプリング軍は、標的をイヴェール軍のカリスマ的存在であるセレスタン=ブリュイエールのみに定めて暗殺計画を立ち上げた。
 その案の提唱者であるヘルマンに策の説明をし終えたルネは眼前で悠々と笑う彼にちらりと視線を遣る。
(今回の戦の目的は飽く迄“司令塔の殺害”……ヘルマン殿が率いる隊は陽動であり、その隙を突いて密偵が暗殺の役目を果たす。古典的かつ常套な策ではありますが成功すれば必ずやイヴェールの基を崩すことが出来るはず)
 そこで問題となるのが、間者の“腕”だ。いくら陽動部隊が張り切って当て逃げ作戦を展開したとしても肝心なる暗殺者の手腕が覚束なければ不安は拭い切れない。
 恐らく少女の思惟を読み取ったのだろう、他国からの参謀は向けられた視線に粘着質な視線を以て返した。
「……何か言いたいことがお有りかな、ルネ殿」
「いえ……ですが、少々訊きたいことがありまして。暗殺役を務めるという貴方の密偵がどのような者なのか教えては頂けませんか」
「密偵について、ですか。いざ説明しろと言われますとどこから話していいものか迷いますが……そうですね、とても有能な兵ですよ、彼は。弓術は文句なしに素晴らしいですし、類稀なる魔法の才も備えていますし、何より私の命令には忠実に従ってくれますから。まあ正確に言えば忠実に従わざるを得ないのでしょうけれど……ね」
 意味有り気に勿体ぶった言葉尻と悪どく光る双眸から察するに、彼が密偵の弱点を掴み脅しをかけているのは間違いないようだった。もしかすると人質を取っているのかもしれない。
 しかしこの時世だ――人質にしろ何にしろ殊更騒ぎ立てるほど珍しいものでは無い為、敢えて其処には触れずに質疑を続ける。
「その者はイヴェールに潜り込んでから長いのですか?」
「割と長い方だと思いますぞ……私が密偵に任命しこの国に送り込ませてから彼是四、五年は経っていますしな。今ではすっかりイヴェール軍の一兵士として馴染み信頼されているようですよ」
「……そうですか。ヘルマン殿がそこまで褒められるということは余程才覚に溢れた人なのでしょうね」
「ええ、私の自慢の部下でもありますからその点については否定致しませんよ。……ただ少し、情に脆いところがありましてな」
 一旦句を切るとヘルマンは添えられている茶を口に含んだ。気のせいか滅多に消えることの無い自信たっぷりな笑みが隠れたように思われる。
「私はこれでも参謀という役職に就いて久しい……それ故か密書の文体を見ただけでも色々と探り取れるのですよ。彼の者は立派に間者としての仕事を果たしてくれてはおりますが、ここ最近はどうもイヴェールの方に心を傾けている節がある」
「大丈夫なのですか、そんな危うい精神状態にある人間に暗殺を任せるなど……」
「少なくとも向こう側に寝返ることはあり得ませんな……彼はスプリングに守るべきものを抱えていますので。今回の件についても再三念を押しておきますし任務を渋ることは絶対に無いでしょう。……でもまあ、彼の心情が分からないわけではないんですよ。密偵にとって敵方に思いを寄せ自らの立場との狭間で揺れ動くことは“毒”であり、その“毒”は常に身を蝕んでゆく。あの者は真っ直ぐで心優しい人間ですから“毒”の侵蝕を食い止めるのにさぞかし苦戦しているのでしょうな」
 ヘルマンの言葉にルネは目を丸くした。卑劣な行動と狡猾な言動で名を馳せている彼らしくない、随分と血の通った台詞だったからだ。皆の前で非情な振る舞いを見せていたとしても腹心として仕える部下にはそれなりの愛着を持っている、ということか。
 けれど。
「結局のところ彼はスプリングの為に働く密偵なのでしょう? ならばいくらイヴェールを愛しイヴェールから愛されているとしても……所詮は裏切り者であることに変わりはないと思いますが」
 閊えずに言い放った内容があまりにも酷薄なのは、密偵と同じくイヴェールを裏切っている身の少女が嫌というほどに理解していた。
 だからこそ此処で『所詮は裏切り者である』と明言しておきたかった。――国を売り、故郷を売り、皆の幸せを売った罪深い自分を戒める為に。己の望みを叶えることを第一とした、赦され難い独善を貫く自分を縛る為に。
「流石は冷徹なる正軍師殿、仰ることに寸分の温かみも感じられない。……まるで人であるのを止めたかのような無慈悲さですぞ」
「……貴方にその台詞を言われる日が来ようとは、露も考え及びませんでした」
 此方の心掟を知ってか知らずか嫌味ったらしく乾いた拍手を贈ってきたヘルマンに嫌味ったらしく乾いた応答を返せば、彼は満足そうににんまりと口角を吊り上げる。
 不気味なほど生き生きとしているその瞳は、次なる言葉と同様に妖しい光を携えていた。
「貴女も私も果たすべき想いを胸にスプリングの門を叩き……しかし決してスプリング自体を終生の寄生木とはしない。――存外に似た者同士かもしれませんな、私達は」



 + + + + +



「ヘルマン殿が逃げた……? それは本当なのですか?」
「はい。私達も此方に戻るのに精一杯でどちらに行かれたかは皆目見当がつかないのですが……」
 ――イヴェール皇国ロズ地方、要塞グルナードの一室にて。
 あれから数日後、ルネは夜襲に失敗し敗走してきた兵から事の顛末を聞いてい
た。それによれば、スプリング勢がフレイズ山脈を越え終えた時には既に敵方の迎撃態勢が整っており、思わず怯んでしまったところを付け込まれたということだ。しかも敗北が確実のものと分かるや否やヘルマンは姿を晦ましてしまったという。
「……ヘルマン殿のことです、大方イヴェールの大軍に迫られて自分の命でも惜しくなったのでしょう。ですがそうなると当然向こう側も黙ってはいないはずです」
「正軍師様のお察しの通り、イヴェールの白兵隊長と数名の兵士がヴィンター様を追っているようでしたので、恐らくは……」
 『恐らくは』。その続きなど言われなくともすぐに解る。
 沈痛な面持ちを提げる兵とは対照に、少女の面持ちはどこまでも無に等しいものだった。
「彼がどうなったかなど今のスプリングは関与するべくもありません。……主たる目的は密偵によるセレスタン=ブリュイエールの暗殺……それさえ成功すれば良いのですから。……そちらは?」
「詳しいことは分かりません。ですが作戦実行日から密偵の報告は途絶えており、先日西方を偵察した者の話によるとイヴェール軍に大きな変化は見られないそうです」
「…………。貴方、少し頼まれて頂けますか」
「はっ、何でしょうか」
「総司令官殿に『暗殺計画は失敗した』と伝えてください。……私は次の策を練りにかかります」
 指示を出して兵を下がらせ、その足音が小さくなっていくのを確かめると、ルネは溜め息混じりに両肩を落とした。
 策が上手くいかなかったこと以上に問題なのはイヴェールに迎撃の用意が出来ていたということ――つまり自軍の中にあちらの密偵が潜み今だ活動を続けているという事実だ。そんな中、情報関係のスペシャリストであるヘルマンとその部下である密偵を欠くのは非常にまずい。
 だが生きているにしろそうでないにしろ彼らはもう、駒としては用済みだ。使えなくなったモノに拘っていても仕方がない。
 取り留めもなく廻る思考の軸を逸らすように開け放たれた窓に焦点を合わせれば、近場の森から旅してきたであろう一枚の葉がふわりと舞い降りてきた。瑞々しい緑を乗せたそれは自ずと彼を彷彿とさせる。



『貴女も私も果たすべき想いを胸にスプリングの門を叩き……しかし決してスプリング自体を終生の寄生木とはしない。――存外に似た者同士かもしれませんな、私達は』

(……私も貴方も、単に“スプリングの役に立つ”というよりは自らの思惑の為に動く。確かにそういったところは共通しているのでしょうが……)
 着陸する寸前の葉を掴み、そのまま手加減せずに拳を作る。
(やはり、私は貴方とは違う。私は貴方のように逃げたりしない――絶対に)
 ぐしゃり、と可愛らしい音を立てて潰れた緑は薄汚い床へはらりはらりと堕ちてゆく。
 惨めなその姿は酷く、誰かに似ているような気がした。



 + + + + +



「でしたら小隊は北西に固めた方が良いのですか?」
「いえ。そうすると南西の守りが薄くなってしまいます……北西に精鋭を集中させて南西にもそれなりの数の兵を置き、短期決戦に臨むのが妥当かと」
 ――イヴェール皇国ロズ地方、要塞グルナードの会議室にて。
 ルネはスプリングの第三将軍であるビアンカに頼まれ、防衛の為の策を指南していた。暫くは大きな戦闘も無く兵士達も束の間の休息を味わっていたが、遠くないうちにイヴェール軍が山を越えて攻めてくるのは避けられない現実だった。相手方にとって此処グルナードは必ず奪回せねばならない要地だからだ。
 正軍師に改案を促されたビアンカは、手を顎にあてて考え込む。
「質問なのですが……イヴェールはフレイズ山脈を越えてくるのですよね? それならば食糧もそう沢山は運べないはずです。ある程度の長期戦に持ち込めば籠城の出来る我々に分があるのでは?」
「そのご意見も最もです。ですが兵法の鉄則は『兵の情は速やかなるを主とす』、『兵は神速を貴ぶ』――無駄に戦を引き延ばして士気を落としては元も子もありません。それにビアンカ殿が仰るほど、敵方の兵糧は干上がっていない……“水龍”の力により水の補給線を整えておりますし、アマンド城砦の海岸沿いという立地条件を生かして少ないながらに塩を作っている模様ですので」
「水と塩、ですか」
「ええ。どちらも人間にとって最重要な物資……この二つが揃っていれば取り敢えず命を繋ぐことが可能です。此方の兵糧状態も万全とは言えませんし、籠城するよりはなるべく早く切り上げるべきかと存じます」
「……解りました、そうさせて頂きます。ルネ殿は本当に凄いですね、即座に最も有効な戦略を打ち出すことが出来るのですから」
「ありがとうございます。けれどこれが軍師の仕事です……何も大したことではありません。……私などよりビアンカ殿こそ凄いのではないですか? 魔法の才は誰にでも平等に与えられるものではないのですし」
 ふんわりと感嘆の句を述べる女にそう返せば、柔らかい微笑みに暗色が差す。
 “魔女”の異名をも取る彼女のこと、魔法に関しては肯定的な意を示すだろうという確信のような当てを見事に外され、少女は軽く首を傾げた。
「ビアンカ殿は御自分の魔法が嫌いなのですか?」
「いいえ、嫌いというわけでは……この力があったからこそ今の私が此処に在るのですから。でも正直を言えば、あまり好きにはなれません。……ルネ殿は“リモーネ”をご存知ですか?」
「十数年前にスプリング軍に滅ぼされた、エスターテの一画を担う村落……だと記憶しておりますが」
「そうです。……そして其処は、私の故郷でした。当時のスプリング軍は高い魔力を有した私だけを本国へと連行し、数日後に魔法を駆使してリモーネをことごとく破壊したのです」
「? 失礼ですが、リモーネ襲撃時にはまだ魔法兵団は無かったはず……確か設立されたのは今から六年ほど前のことかと」
「お詳しいですね。ですがリモーネは紛う方なく、魔法によって滅ぼされました」
 諦めとやるせなさとを帯びるビアンカの様子を黙視していたルネは、有りっ丈の脳内回路を動かして或る憶説を打ち立てた。
「……リモーネは来たる魔法兵団設立にあたっての資料収集の場として利用された……つまりスプリングの実験台となった、ということですか」
 憶説を一つずつ音にしてみれば、ビアンカは小さな間を据えて苦笑を浮かべる。
「……はい。貴女が仰る通り、当時のスプリング軍は『魔法兵団を発足させた場合どれほどの利が見込めるのか』を測定したいが為に試験的な魔法兵団を故郷に送り込んだそうです。結果、彼らは予想以上の働きをしましたので、魔法兵団を設立する方策が正式に固められることになったのだとか」
「……」
「当初強制的に魔法兵団に入隊させられた私は今や将軍となり、スプリング軍の一員としてエスターテの動向に目を配る役目を負うこととなりました。……皮肉なものですよね」
 半ば自嘲気味に吐かれた台詞はどこまでも切ないものだった。
 モルモットとしてスプリングの仮設魔法兵団に惨殺されたリモーネ。リモーネでの戦功を認められて産声をあげた魔法兵団。そしてその魔法兵団を導くのは――リモーネの、生き残り。
 彼女の言う通りだ。皮肉という字句で表しきれないほどに、ただひたすら皮肉なものだ。
 ……ならばこそ、訊いておきたい。
「それでも貴女が此処に留まるのは、何故ですか」
「え?」
「魔法兵団は故郷の仇なのでしょう。それでも貴女が此処に留まるのは、何故ですか」
 過去話に対する気遣いなど微塵も感じられない淡々とした口調で問いをぶつけ、そのまま応答を待ってみる。
 ビアンカの瞳は暫し揺れを見せていた。しかし最後にはすらりとした一本の芯を通わせる。
「それは……“魔法”の為、です」
「御自分の魔法は、好きになれないのに?」
「……無理矢理特訓を押し付けられ、人や物を破壊する技を得て……そうやってリモーネを殺した者達に似るにつけ、魔法や魔法を司るこの身が嫌になって仕方なかった。そんな時、ユーイン様が私に苗字をくださったんです。“ルーン”――“魔法”という意味を灯す、家名を」
「ユーイン殿が……?」
「はい。当時しがない一兵士だった私は『分不相応だ』と申して固辞したのですけれど、ユーイン様はただ一言、『自分自身の魔法にもっと誇りを持ちなさい』とだけ告げて去ってしまわれたんです。その直後第三将軍に登用されたので今思えば兵を統率する役職へ就くにあたって体裁を整える為に家名をくださったのでしょうが……真意はどうあれ、ユーイン様から栄誉あるものを頂けてとても、とても嬉しかった。ユーイン様は私にとって唯一信じられるスプリング人、でしたので」
 縷々として紡がれてゆくビアンカの台詞は感情表現が希薄な少女を取り巻くように、宙を漂った。
「私は今でもリモーネを奪ったものと同じ力である魔法が好きになれません。それでも私が此処に留まるのは“ルーン”という家名に恥じない生き方をしたいと、“魔法”という家名を授けてくださったユーイン様に堂々と自分の魔法を誇れるようになりたいと……そう思ったからなのです」
 一気にそこまで言い終えると、ビアンカはばつが悪そうに瞼を閉じた。よく見ると褐色の頬がほんのり紅潮している。
「……ごめんなさい。くだらないことを長々とお聞かせしてしまって」
「そんなことはありません。……興味深いお話でした」
「なら良いのですけれど……。そうだ、貴女は……ルネ殿は何故此処に留まっているのですか? 敵方であるスプリングにわざわざ身を置くくらいですから……きっと余程のことがお有りなのでは?」
「……それは――」
 少女が発すはずだった言葉は結局形を成さなかった。会議室の扉がノックも無く突如として開け放たれたからだ。
 ルネとビアンカが瞬時に抱え持った予感を実行に移すが如く、一人の兵士が慌ただしく駆け込んでくる。
「報告します! 只今戻った西方偵察隊によれば、イヴェールの軍勢がフレイズ山脈を越え始めているとのこと……このままいけば明日にも此処へ攻めてくる可能性があるそうです!」
「そう……では各隊にいつでも出撃できるよう速やかに準備を行えと、急ぎ伝えてください。それから近辺の見張りの数も倍にするように」
 ぴんと張った空気の中でてきぱきと部下に命令を渡したビアンカは、沈黙したままの少女に温顔を向ける。
「行きましょう、ルネ殿。グルナードを取られるわけにはいきません……私が此処に留まり続ける為にも、そして恐らく貴女が此処に留まり続ける為にも。ユーイン様がご不在の今だからこそ、私達女二人で頑張らなければ」
「……ええ。何としてでも、乗り切りましょう」
 互いに双眸を交えたのを合図に、二人はそれぞれの持ち場へと飛び出していった。



 + + + + +



「申し上げます! 第五小隊の壊滅を確認、残る第三、第四小隊ももう長くは持ちません! ビアンカ様……どうぞ撤退を!」
「くっ……!」
 ――イヴェール皇国ロズ地方、フレイズ山脈との間に広がる平野にて。
 開戦直後に比べ、スプリングの軍勢は情けないほどに縮小してしまっていた。此方に斬り込んでくる前にビアンカの雷魔法で殲滅する作戦が上手く運ばず遠距離戦法を第一とする魔法兵団の利が生かせなくなったことに加え、敗戦を覚悟した兵士のいくらかがビアンカに反発、途中から彼女の指揮下を離れていくという事態にまで追い込まれたことを一考すれば当然も当然な展開だ。
 しかしどんなに状況が悪化していてもビアンカは反撃の手を休めなかった。が、この戦に勝てないことは彼女自身のよく知るところであった。
 眼前に躍り出てきたイヴェールの一兵士を電光の一閃で薙いだ第三将軍は、有らん限りの声を辺りに響かせる。
「何があろうと……守るべきものが在る以上、私は此処に残ります。貴方達はミュスカデルにお逃げなさい。……早く。一刻も早く!」
 最後まで共に戦うことを志した兵士達もその剣幕に押され、幾度となく後ろを振り返りながら敗走していった。中にはビアンカを一人置き去りにすることに涙する者もいたが、終いには他の輩と同じように皇都のある遠景と同化した。
 土埃の霞に包まれてゆく部下たちを横目で見送ったビアンカは、その視線の先に冷え冷えとした氷の化身のような少女を捉える。軍馬に乗った少女は口元を引き結んでただただ戦の成り行きを見つめていた。
「ルネ殿……貴女も早くミュスカデルに行ってください。貴女は此処で朽ちて良い存在ではないのですから」
「逃げろと仰るのですか? ……私は、逃げません。逃げたりしません」
 敵に背を向け逃げるのはあの男――ヘルマンがやったことと同じ、愚かな行為だ。
 彼の失踪を耳にした時、『私は貴方とは違う』と、『私は絶対に逃げたりしない』と自分の心に誓った。その誓いを破ることはしたくない。
 そう固く心を決め逃げることを頑として拒むルネを前にビアンカは困惑していたようだったが、何かを思いついたのか険しい面持ちから一転、ふっと微笑みを揺蕩える。
「では、言い換えましょう。貴女は逃げるのではありません。……ミュスカデルに行って望みを繋ぐのです」
「……望、み?」
「はい。グルナードはもうじきイヴェールの手に落ちる……此処での負けは確実です。だからこそ次に望みを託し戦っていかなければならない。……その為には正軍師の力が、貴女の力が必要不可欠なのです!」
 語尾が強調されたのは何時の間にか本陣までやってきた五、六人の敵兵が彼女を取り囲んだからだろう。だが即座にビアンカの魔力が炸裂し、ルネが一つ瞬きをした後には襲いかかろうとした数名が全て黒焦げとなって屍の山に加わっていた。
 止まることを知らない猛禽のように押し寄せてくるイヴェール軍を地平線より手前に迎え、傷だらけの女将軍は静かに空気を震動させる。
「さあ、お行きなさい。もう時間がありません」
「しかし……」
「お行きなさい。……そして繋いでください。ジェラルドの望みを、私の望みを、――今までに散った兵達の望みを」
 そう語りかけるビアンカの声は戦場という血生臭い場所に似つかわしくない、どこまでも清いものだった。それを媒介に伝えられた言の葉は一字一句も漏れることなく、ルネの全身に沁みてゆく。
 真一文字に引き結んでいた口元を僅かに歪ませると、ルネは手綱に出発の意を込めた。馬は主人の命にすんなりと従い次第に駆ける速度を上げてゆく。その行き先は勿論――皇都ミュスカデルだ。
 正軍師の少女が去り“味方”と呼べるものが何一つ無くなったビアンカは深呼吸し、雄叫びを轟かせ突撃してくる敵軍を眼にくっきりと映す。いくら魔法の腕に自信があると言えどもこの数を一人で相手取るのは到底無理な話だった。
「でも私はこれで終わり、だものね。……最期くらい派手に暴れても、誰も文句は言わないでしょう」
 秘めた意志を再確認するように口に出してなぞると、呪文に合わせて杖を振りかぶる。
 束となった幾千もの眩い雷が、イヴェールの大空を切り裂いた。



 + + + + +



「スプリング軍にて正軍師を務めております、ルネと申します。本日はノースクリフ侯爵との面会をお約束しているのですが……」
「申し訳ございません、今日はちょっと会議が長引いているようで……旦那様はまだお戻りでないのです。真に勝手ながらお待ち頂くことになってしまうのですけれど……」
「待つのは一向に構いません、侯爵もお忙しい御身でいらっしゃいますし」
「ありがとうございます。では只今準備を整えますので中に入って少々お待ちくださいませ」
 ――スプリング王国王都カラント、ノースクリフ家本邸にて。
 グルナード陥落の後、ルネはイヴェールを発ちスプリング本国へと帰還していた。列記としたイヴェール人であるのにスプリングに立ち入ることを帰還と言ってよいものかとは思うが最早そうとしか表しようがないのだから致し方ない。
 だが無論、手持無沙汰でわざわざ此方に戻ってきたわけではなかった。ジェラルド、ヘルマン、ビアンカの三人を失った今、戦の追い風を一身に集めているのはイヴェール軍である。この状況を何とか打開するには多少の無理をしてでも軍内部の体制を変更せざるを得ない為、実質上スプリングの政治を執り行っているノースクリフ侯爵に掛け合うことにしたのだ。
 庭先に居た女中に促されるがまま豪奢な作りの玄関を潜り、これまた豪奢な内装に圧倒されながら歩を進める。感情の起伏が少ない正軍師でさえ目を見張るより他に反応を起こしようのない、王城に負けず劣らずな絢爛さだ。
 煌びやかな館全体をぼんやり眺めていると、左奥の部屋から出てきた女中が一礼しているのが視界に収まった。どうやら控え室となっている其処には自分の他にも来客が居座っているらしい。
 女中は来客に丁寧な声をかけると少女を招き寄せる。察するに入っても良い、ということなのだろう。
「失礼します……」
「ああ……ルネ殿でしたか。おはようございます」
「おはようございます、ウィリアム殿」
 振り向いた先客は、総司令官の秘書官だった。少しくすんだ光沢を放つ長い金髪が彼の物腰に添ってふわりと広がる。
「此方でお会いすることになるとは思いませんでしたね。何の御用事で?」
「軍務に関してちょっと……侯爵の許可を頂きたいことがありまして、……!!」
 ルネは続けるはずの言葉を丸ごと呑み込んだ。在り得ないはずの人間が、自分に姿を認識されたくないとでも言いたげに身体を背けていたからだ。
 不自然な位置で台詞を引っ込めた少女の態度に、青年はやんわりと疑念を呈す。
「……ルネ殿? どうかなさいましたか?」
「……其方の方は?」
「彼は私の部下ですよ。先日配属されたばかりですが」
「……そうですか……。それで……此方で何を?」
「ああ、私はユーイン様からの書簡を届けに来ただけで……」
 ウィリアムの織り成す音はもう、少女の鼓膜を撫ぜなかった。
 在り得ないはずの人間と距離を詰め、その相手にきちんと届くように同じ質問を唱え直す。
「ウィリアム殿ではありません。何をしに来たんですか? ……リュヌ君」
 リュヌ。屈託なく笑うどこかとぼけた印象のある少年。自分が好きだった“月”を、名前に模す少年。
 彼がスプリング軍に属す秘書官の部下なわけが、ない。何故なら彼はイヴェール人で、同郷の幼馴染なのだから。
 名指しされて観念したのか少年はルネと対峙するようにゆっくりと振り返り、顔を上向けた。穢れの無い金色の双瞳には焦燥と憎悪とがひしめいている。
 睨み合い一歩も引くことの無い二人を交互に見遣ると、青年は眉根に溝を穿った。
「……どういうことですか、ルネ殿」
「……その者はイヴェール人です。スパイの可能性があります……即刻捕えてください!」
 部屋の外に聞こえるようにわざと慣れない大声で警告を発すと、少年は瞬く間に戸を蹴破って脱兎の如く逃げ出していった。
 その後を追おうと慌てて一歩を踏み出したルネの行く手は、彼女同様に慌てた様子のウィリアムによって阻まれる。
「私が追います。貴女は保安隊に連絡を!」
 その一言だけを捨て置き走り出す青年の後背はたちまちに小さくなってゆく。
 こうなった以上此処に留まってもいられない、と考えを括り、少女は騒ぎにざわめきだしたノースクリフ家本邸を退いたのだった。



「申し訳ありません、奴等も念入りにカラントの地理を学習してきたようで……全力は尽くしたのですが途中で見失ってしまい……」
「そうでしたか……お疲れ様です」
 数刻後、ウィリアムは息を切らせて王城内で待機するルネのところへ戻ってきた。陶磁のようなきめ細かい肌にうっすらと玉の汗が浮かんでいるところを見るに相当の勢いで疾駆してきたのだろう。
 何でもそつなくこなす青年が肩で呼吸する様を目前に「稀有な姿を見れたものだ」と少しばかり驚くルネは、ねぎらいの言葉をかけつつも彼に対する訝しみの気持ちを消すことが出来ずにいた。
(何の目的があってかは分からないけれど……イヴェールの手先としてリュヌ君は此処に忍び込んでいた。そしてウィリアム殿はリュヌ君と行動を共にしていた……)
 スプリング軍にイヴェール軍の密偵が潜伏しているのは随分前から分かっていた事実だ。ヘルマンが率いた夜襲だけに限らず、此方の打つ手を封じるように先回りされたことは数多くあった。
 その密偵がウィリアムだと仮定すると――恐ろしいほどに色々な辻褄が合ってくる。
「? あの……どうか致しましたか?」
 額の汗を拭いたウィリアムは千思万考に暮れて固まっている少女にいつも通りの思慮深げな笑みを配った。
 普段ならば気にも留めないこの笑みが今日はやけに胡散臭く感じられる。――だが。
「いえ……お気になさらず。保安隊には既に動いてもらっていますし、貴方は少しお休みになってください」
 今この場で詰問したとしても彼はのらりくらりとはぐらかすに違いない。正体を暴くのは確固とした証拠をもぎ取ってからでも遅くないはずだ。
 鬱積する思いにそう終止符を挿し、ルネは秘書官を一旦見逃すことにした。青年はいつも通りの優雅さを以て軽く頭を垂れるといつも通りの洗練された所作で退室してゆく。
 しかし後に、少女はこの時の選択を深く悔いることとなるのだった。



 + + + + +



「……お久しぶりです、グレン殿」
 ――イヴェール皇国皇都ミュスカデル、王城の一室にて。
 ウィリアムに不審の眼差しを刺していたルネは、例の一件以来一向に姿を見せない彼に極秘で監査員を付けたのだが、その監査員からも「行方が掴めなくなった」との最終報告が寄せられた。証拠が挙がらなくともここまで来れば否応なく認めざるを得ない――敵方に此方の情報をことごとく垂れ流していた密偵は、ウィリアムだったのだ。
 やはりあの時何が何でも引き留めれば良かった、と無念を胸に抱きながら、結局少女は彼の追跡を切り上げ、イヴェールに残っている第二将軍の部屋を訪れていた。グルナードからミュスカデルに移ってすぐにスプリングに渡航した為、彼とこうして顔を合わせるのは彼是数か月を挟んでのことだ。
 暫くぶりに現れたルネを一瞥し、グレンは鼻でせせら笑う。
「ようやくお戻りか、正軍師殿。聞けば策が敵わずにおめおめと逃げ延びてきたらしいな」
「逃げたのではありません。……望みを繋ぎにきたのです」
 いつかビアンカから受託した言の葉をそのまま繰り返せば、立派な机に足を乗せてくつろぐ男は不快の意を前面に押し出した。
「戦読みが随分な綺麗事を吐くものだな。どんなに敗走を飾り立てたところで所詮、貴様が逃げたということに変わりはない」
「そう捉えたければどうぞ御自由になさってください。私としてはそろそろ本題に入りたいのですが……気は、済みましたか?」
「ふん。……用件は何だ」
「情報部からの伝達によりますと、グルナードに駐屯するイヴェールの分隊の動きが活発になってきているとのこと……近ければここ一週間のうちに開戦となるかもしれません」
 開戦、の二文字に浅葱色の眼が反応する。獲物を執拗に睨め回す、飢えと渇きの眼だ。
「そうか。……それで貴様は、お得意の策でも授けにきたのか」
「……だったら何だと?」
「生憎だが俺は他人に指図されるのが大嫌いでな。俺を動かしたいのなら俺の希望に適った策を語るがいい」
 まあ貴様には到底出来んだろうがな、と不遜全開な物言いを付け加えるグレンに向けて、少女は迷うことなく口を開いた。
「では申し上げます。――イヴェールを、殺してください」
「……!」
「出来るだけ多くの馬を殺し、出来るだけ多くの兵を殺し、出来るだけ多くの将を殺してください。……それが貴方に与えられる、“策”です」
 一驚を喫した男の眼と唇は、段々と弓状に曲がってゆく。
 陣形を説くでもなく、兵馬の使い方を説くでもなく、ただ『殺し尽くせ』というのが軍略とはたまげたものだ。兵法の何たるかを解さない素人ですら「そんなものは策の内に入らない」と反駁することだろう。
 しかし血塗れになることこそを最上の喜びとする男にとって、それは甘美なる誘いの文句でしかなかった。
「……ふ、いいだろう。その“策”を、買ってやる」
「ありがとうございます……お気に召されたようで何よりです」
「小隊とその配置は貴様の好きなように組んでおけ。……出来るだけイヴェールを殺しやすくなるように、な」
「承知致しました。お任せください」
 至って平常を崩さぬ少女に以前と同じく「やはり貴様は神経が太い女だな」と嗤えば、以前と同じく「お褒めに預かり光栄です」との詞が返る。
 その淡白な様子に視線を遣り、グレンは喉笛で緩く音を鳴らした。
「貴様のその冷酷無情さ……本当に、正軍師に留まるのが惜しいくらいの素質だ。少なくともエスターテの魔女よりは余程将に向いていると見える」
「……褒められているのか貶されているのか、私には分かりかねますが」
「別に褒めても貶してもいない。単純にそう感じただけだ」
 左腰に携えた大剣の金具をぎしり、と軋ませて立ち上がり、男は大股で少女の横を過ぎ去ってゆく。
 どちらにお出かけですか、と訊くと、彼にしては珍しく機嫌の良い声が上がった。
「久々に部下達を可愛がってやろうかと思ってな。……開戦前の、手慣らしだ」
「そうですか。止めは致しませんが……くれぐれも味方を斬らないようにお願いします。無駄に戦力を減らしては、イヴェールを満足に殺せませんので」
 口角を吊ったグレンは、後ろ手のルネへ残忍なる愉悦の台詞を放り投げた。
「……それは保証出来んな。俺の中に巣食う獣にとって、全ては戯れに過ぎんのだから」



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「……皇都内に残っている者はほぼ敵方に捕縛された模様、此処を脱出した兵達は既にエーレル西の森にて次の陣形の準備に取り掛かっております」
 ――イヴェール皇国皇都ミュスカデル、王城の二階にて。
 徹底的殲滅を掲げたスプリング軍はイヴェール軍を血祭りにあげることを第一とした。だが皇都奪還の意気を滾らせ怒濤の如き進撃を行う彼らを前に、何の武器も持たない市民までもが勇み立ち暴動が勃発。気が付けば血祭りにあげられていたのは、イヴェール軍ではなくスプリング軍の方だった。
 そこで一先ず東へと兵を撤退させたルネは、全身に血飛沫を纏う第二将軍に報告を述べていた。
 気性の激しい彼のことだ――このような無様をしでかしたとなれば罵倒を浴びせられるか、最悪の場合斬り伏せられるだろうと身構える。しかし予見に反して、男は感情の読み取れない無に近しい面で佇立していた。
「俺は今から出る」
「なりません。正門前に軍団長セレスタン=ブリュイエール並びに皇女ベアトリス、他イヴェール兵数名の姿を確認しております……彼らの目的はグレン殿の御命を狩ることです」
「なればこそ、だ」
「……勝ち目など無いというのに?」
 半ば挑発のように呟かれた“勝ち目が無い”という句にも激昂を示さずに、グレンは血糊が付着した刀身を己の外衣で一気に拭い払う。鮮烈な群青が、瞬時に幾筋もの赤黒い線で染まっていった。
「勝ち目の有無など、どうでもいい。俺はまだ殺し足りない……だから出る。相手があの時殺し損ねた優男と姫なら、尚更だ」
 負け戦になると解っていても、満たされない破壊欲を埋める為に、赴く。
 そう告げられた台詞と抑揚のない低い声音に在るのは純粋な殺気と、狂気だ。
 もう彼を止める術は無いと覚った少女は静かに吐息を漏らす。
「……でしたら、私も残ります」
「残ってどうする。討ち死にするか、自害の道を取るか? ……とても俺に『望みを繋ぎにきた』と豪語した者の選択とは思えんな」
「……」
 図星なだけに返す言葉も無く視線を床に投げうつと、男は嘲笑と共に足を踏み変えた。
「貴様は逃げろ。――そして、生き恥を晒せ」
 息を呑んだルネを置き、グレンはそのまま歩み出す。
 硬質な靴音を反響させ階下へと降りてゆく背中を黙視していた少女はやがて、固く拳を握りしめて城の裏口へと向かっていった。



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「ユーイン殿、宜しいですか」
「ルネ……どうだ、隊の準備は」
「万事整っております。今度こそ聖剣の守護者を討ち取れましょう」
 ――スプリング王国王都カラント、城門前にて。
 エーレル西の森にて奇襲をかけるも聖剣ルクシスの秘められた力によって本国への引き上げを余儀なくされたスプリング軍は、一夜をおいて追撃してきたイヴェール軍の侵入を阻む為、また時を同じくして反乱を開始したエスターテ軍の制圧を図る為、広範囲に渡って布陣していた。
 進軍の用意が出来あがった旨をきびきびと伝えると、剣の手入れをしていたユーインは見目麗しい面に苦笑を揺蕩えた。
「全く、何という顔をしている。そんなに厳つい表情をしていては兵達も怖気づいてしまうだろう」
 そう指摘され、自身の顔に手を当ててみる。どうやら大決戦を前にして無意識のうちに身体が強張っているようだ。
 総司令官は平静を取り戻そうと試みる正軍師を宥めるように、彼女の頭へ掌を被せた。
「まあ仕方のないことだ。……こんな事態になろうとは誰が予測するところでもなかったのだから」
「……ユーイン殿は、落ち着いていらっしゃいますね」
「そう見えるのなら私の演技もなかなかのものだ、ということだな」
 ユーインは乗せた大きな掌でそのまま少女の頭を一、二回軽く叩いた。子供扱いされているようでこそばゆいことこの上ないが、実際彼にとってみれば少女は子供同然なのだろう。
 あまりにも優しげなその仕草に何となく居心地の悪さを感じ、ルネは総司令官から視線を逸らす。
「演技だなどと……御冗談を」
「何を言う。強ちそうでもないぞ?」
「では貴方は戦に出るのが恐ろしいと……御自分の命が惜しいとお思いなのですか」
「……自分の命は惜しくない。だが戦に出るのは恐ろしい……今更情けないことだがな」
 前線に出る兵士達にとって死は隣り合わせに在るものだ。自分の命をかける覚悟が無ければ恐れに身を縮ませることになりかねないが、逆に自分の命さえかけられれば戦場において憚るものは何も無い、とも言える。しかし総司令官は己の命を棄てる決意を持ちながら戦に慄いているようだった。
 その台詞の意図するところが分からず黙りこくった少女を横目に、ユーインはやりかけだった剣の繕いを続行する。
「私は終生に渡って王家の、皆の、スプリングの盾となる、と誓い剣を振るってきた。だから自らの命に未練は無い。……命をかけ続けることに“慣れた”、というのが最も的確な表現かもしれん」
「……」
「だが戦は所詮単なる殺し合いに過ぎない……戦が始まれば多かれ少なかれ、必ず部下が死んでゆく。いくら数多の死地を経験したからと言えどこれだけはどうにも慣れんのだ。故に私は戦に出るのが、恐ろしい」
 自身の生命が断たれることよりも部下である兵士達の生命が奪われることに心を痛め、戦を恐れる。
 全く彼らしい考えだ、と内で独り言ち、ルネは外していた視線を男の顔に宛がった。
「……総司令官ともあろう御方が気弱な言を仰らないでください。これからイヴェール軍と一戦交えるのですから、尚のことです」
「ははは、流石に手厳しいな」
「貴方が心配する兵達も貴方と同様に、戦に生き戦に死ぬと腹を据えております。……私とて例外ではありません」
「そうか。……だが、」
 ユーインは引き出した語句を止め、磨き終えた二振りの剣を腰元に挿し戻す。
 銀糸の如き光が走る刀刃は涼やかな音を立てて細身の黒鞘へと滑り込んでいった。
「だがそれでも、私は部下の誰一人をも失いたくない。戦を執るからには出陣する部下全員の命を守りたい。……それがどんなに困難なことであっても――」



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「神鳥の加護の下に!」
「聖剣ルクシスの導きに続け!!」
 ――スプリング王国、王都近辺に広がる平野にて。
 順調なる運び具合だったルネの策は、ある一点を境に頽れていった。ルクシスの導を抹消する陣形を読まれてしまったのだ。ルクシスを確守したイヴェール兵が王都になだれ込んできた時点で、スプリングの敗北は決定的となった。
 ある者は負けを認めて白旗をあげた。またある者は負けを認めつつも果敢に斬りかかっていった。けれども行き着くところまで来てしまった戦局は、最早何も変わりはしなかった。
 イヴェールの叫号が聴覚を支配する中、魔の手は前線を引き一人牙営に籠ったルネの元まで差し迫っていた。外からは武器がぶつかり合う金属音に混じって「正軍師を出せ」、「スプリングの知嚢に鉄槌を」、といった掛声が飛び交っている。
(悪足掻きもこれまで……ですか。いよいよ切羽詰まってきましたね……)
 身の危険が間近に在るというのに何故こうも冷静な心持ちになれるのかは、少女自身よく解らなかった。絶望でも断念でもない、言い表しようのない感情がすとん、と腹の底に落ちたような感じを、彼女はまるで他人事のように受け入れていた。
 刹那、さして丈夫でもない本陣の天幕が荒々しく突き破られる。――イヴェール兵が、やってきたのだ。
 奥に立ち尽くすルネを見た彼らは揃って互いに目を配った。大国スプリングの軍師がこのような線の細い女だとは夢にも思わなかったからだろう。しかし一兵士が「この女はエーレル西で奇襲を受けた時の指揮官だ」と零したのを皮切りとして、各々に手持ちの得物を構え直す。
 彼らが切っ先を寸分の狂いもなく自分に向け、勢いをつけて突進してきたところまでを脳裏に収め、少女は抵抗することなく両目を瞑った。
 それは可能な限り楽に終わりたかったから、だったのだが。

「……え……?」

 いつまで経っても来ない刃を不審に思いそっと瞼を持ち上げてみると、眼前には影が降りていた。目線を上へと遣れば影を作った者からは行き場を失くした大量の赤が滲みだしている。
 何が起きたのかを呑み込めず茫然としていると、間髪を入れずに聞き慣れた声が耳を掠めた。
「ルネ! 無事か!?」
 声の主であるユーインは襲撃してきたイヴェール兵を赤子の手を捻るが如く簡単に捌くと、ルネのところまで走り寄る。そこで初めて我に返った少女はようやく今の状況を完全に把握した。
 窮地に陥った自分を助ける為に、ユーインと彼が率いる一隊が此処まで来てくれたことを。――その内の一人が自分を救う為に、身を挺して盾になってくれたことを。
 出血によって痙攣しどんどん体温が低下していく自分の身代わりとなったスプリング兵をやっとのことで横たえると、ルネは傍へ膝を折った。
「……ええ、私は大事ありません。けれどこの方が……」
「い……いいん、ですよ、正軍師様……」
 総司令官に向けた台詞を遮られたルネを始め、その場にいた全ての人間が瞠目する。
 虫の息である彼が身体中の力を込めて呻き、擦れた音を振り絞っていた。
「……正軍師様は、今まで我らに、最上の策を授けてくださった。何時如何なる時も……諦めること無く、的確な指示を、与えてくださった。……貴女の御為に死ねるのならば……私にとっては至上の喜びで、ございます……」
「もう、喋らないでください。今救護班を呼びます……貴方は、死にません」
 少女の言葉がただの慰めにもならないのは誰の目から見ても明らかだった。一気に五、六の刃で風穴を開けられて生き延びるなど、とんだ夢物話だ。
 それを最も理解していたであろうスプリング兵はこの世のものとは思えないほど安らかに微笑い、そして――ゆっくりと、閉眼した。
「……場所を移そう。此処に居てはすぐに追手が来る」
 辛楚な表情のユーインに背を押され、一隊は沈黙を負って王城へと向かっていった。軍馬の蹄は威勢良く砂塵を巻き上げて本営の在る景色を朧なものに変えてゆく。
 後に残ったのは乾き始めた血潮の中に葬られた、ただ一つの肉塊だけだった。

  +

「ルネ……お前はこれから裏門に回れ」
 王城内にてユーインから指示を下された少女は、彼の右眼に真っ直ぐ焦点を当てる。
「回って、どうしろと?」
「王城を出て、とにかくイヴェール軍に見つからないように姿を隠しなさい」
「……先程申し上げた通り、私も戦に死ぬ覚悟は出来ております。此処で朽ちるとも……構いません」
「お前の気持ちは解る。……だが先程言った通り、私は部下の誰一人をも失いたくないのだ。出陣する部下全員の命を守りたいのだ」
 そんなものは実現する見込みの薄い理想論に過ぎず、結局は今回も数多くの部下が落命してしまったがな、と付加した総司令官の横顔は見ている此方が切なくなるほどに酷く寂しげで、泣いているようにさえ見えた。
 しかし彼の声は戦場に在っても、常と変わらず穏やかで美しい艶を保っている。
「お前は私の、大切な部下だ……だから何としてでもお前の命を失わせることだけは阻止したい。何としてでもお前の命を守りたい」
「……!」
「イヴェール人であるお前が我々に手を貸していたことが敵方に知れれば良くて幽閉、普通に考えて斬首されるだろう。かと言って此処に留まっていて得られるものは死しかない。……身を隠して逃げ延びるより他に、お前の命を守る道は存在せんのだ」
「……ですが、私は……」
「反論は受け付けん。『裏門に回り、王城を出て命を繋げ』。――これは上官命令だ」
 有無を言わせない力強さで少女の首を縦に振らせたユーインは汚れ切った軍服をはたき、少し乱れていた呼吸を直す。
 この期に及んで何処かに足を運ぼうとしている彼の所作を察知した少女の口からは、自ずと問いかけがついて出た。
「……ユーイン殿は、何処に行かれるのですか」
「私は城の前に待機する。王家を守る騎士として、役目を果たさねばならないからな」
「お一人で?」
「ああ。最後の一人となろうとも、私のスプリングへの忠誠は揺るがない」
「……それでは死にに行くことと同じです。後悔は、無いのですか」
「言っただろう、私は『自分の命は惜しくない』、『自らの命に未練は無い』、と。それに後悔は事が終わった後に悔いるからこそ、後悔たりえるのだ。……事が始まるより先に悔いていてはどうしようもないだろう?」
 城の出口へと歩む総司令官は畳みかけるようなルネの質疑に悪戯っぽく応え、すっと目を細める。
 そのまま無なる面持ちに少々赤みを乗せた少女を瞥見すると、敵軍に包囲されて色褪せた王城に相応しくない優雅な微笑を湛え、あの時と少しも違わない、聞く者全てが射竦められるかと錯覚するほどに綺麗な声音を以て、こう告げた。
「今まで世話になったな。――ありがとう、ルネ」



 + + + + +



 ユーインが立ち去ってすぐに、ルネは青い月の下へと駆け出した。
 命令の通り裏門を潜り抜け行き先も分からないまま、ただひたすらに駆けた。夜目がきかなくとも、草木や枝で手足を切ろうとも、満足に酸素を取り込めなくとも、ただひたすらに駆けた。駆けること以外のものを知らないかの如く、ただひたすらに駆けた。
 しかし元々鍛えていない細脚は次第に悲鳴をあげ、終いには限界点を迎えて縺れ始めた。全身からこの状態で駆け続けるのは不可能だという警告を打ちつけられた少女は、そこでようやく駆けるのを止めた。
 露のような汗が停止した拍子に白い頬を伝い落ちる。
(あの人を越えたいが為に……軍師として彼よりも自分の方が勝ることを証明したい一心で、私はスプリング側についてきた。……スプリングを、利用してきた……)
 その結果は惨憺たるものだった。負けたのだ。――あの人に、負けたのだ。
 けれど積年の願いが叶わなかったことよりも彼女の心を占めるのは、今まで関わってきたスプリングの者達の言葉だった。



『……力は表裏一体、か……』

『……いっそ、戦に狂えれば良かった。そうすればこうして迷うことも無かったのに――』

『流石は冷徹なる正軍師殿、仰ることに寸分の温かみも感じられない。……まるで人であるのを止めたかのような無慈悲さですぞ』

『――存外に似た者同士かもしれませんな、私達は』

『それでも私が此処に留まるのは“ルーン”という家名に恥じない生き方をしたいと、“魔法”という家名を授けてくださったユーイン様に堂々と自分の魔法を誇れるようになりたいと……そう思ったからなのです』

『お行きなさい。……そして繋いでください。ジェラルドの望みを、私の望みを、――今までに散った兵達の望みを』

『勝ち目の有無など、どうでもいい。俺はまだ殺し足りない……だから出る』

『貴様は逃げろ。――そして、生き恥を晒せ』

『だがそれでも、私は部下の誰一人をも失いたくない。戦を執るからには出陣する部下全員の命を守りたい。……それがどんなに困難なことであっても――』

『反論は受け付けん。『裏門に回り、王城を出て命を繋げ』。――これは上官命令だ』

『今まで世話になったな。――ありがとう、ルネ』

 ジェラルド、ヘルマン、ビアンカ、グレン、ユーイン。

『……正軍師様は、今まで我らに、最上の策を授けてくださった。何時如何なる時も……諦めること無く、的確な指示を、与えてくださった。……貴女の御為に死ねるのならば……私にとっては至上の喜びで、ございます……』

 そして、自分の身代わりとなった名も分からぬ一般兵。
 皆が皆、時に揺れ動きながら己の礎を貫き、自分の策を信じて戦い、散っていったのだ。
(……私は、貴方達を我欲のままに利用していた。だのにイヴェールに対して罪の意識を感じても、貴方達を利用していたことに対して罪の意識を感じない。貴方達に信じてもらう資格など、こんな私には……)
 かつて抱えたことのない情に狼狽えて唇を噛む少女は、背後に何かが近寄ってくるのを察し反射的に護身用の短剣に触れた。
 気配も消さずに落ち着いた足取りで地を踏みしめているところからするに敵ではないだろうが、念には念を、だ。自分は今やイヴェールから追われる身……『命を繋げ』という最後の命令を遂行する為にも気を抜かないに越したことはない。
 鞘から抜き放った短剣を握りゆっくりと向き直ると、其処には――
「一応初めまして、になるか。……お前が、ルネだな?」
 凛とした佇まい、透き通る低い声、炎の現身とも見ゆる赤髪、きっちりと着こなした枯草色の軍服。
「っ……エルネスト……シャセリオー卿……」
 大気が粟立ち、耳障りな風が吹く。
 からん、と金属特有の声を小さくあげて、少女の手から短剣が滑り落ちる。
 ――其処には超えたいと焦がれてやまなかったイヴェールの正軍師が、望月を背にして立っていた。

 +

「私を……捕縛しに、来たのですね」
「まあ、そうなるな」
「……斬首、ですか」
「そこまでは知らん。刑を決めるのは私でないんでな」
 満月の強い逆光に隠されたエルネストの表情は少しも窺い知ることが出来ない。
 しかし彼は氷のような色合いの長髪を流れる風に任せながら俯いた少女を前に、淀みなく開口する。
「いずれにせよ、お前には罪を償ってもらう。イヴェールは勿論のこと、スプリングもお前の“下らん動機”に振り回された……事の重大さは解っているだろう」
 “下らん動機”。
 それを聞いたルネの双眸が錯愕の意を帯びる。
 ――彼は全て解っているのだ。自分が副軍師の地位を蹴ってスプリング側についた理由も、自分が現在狼狽える原因となった情の正体も。
(……完敗ですね。まさかここまで読まれてしまっていたとは……)
 まったくこの人には到底敵わない、この人を超えるなど自分にはまだ百年早そうだ、と自嘲的な笑みを心中に浸した少女は『罪を償え』という言葉に肩の荷が下りたような、胸の閊えが取れたような安堵感を覚えていた。決して敗北に対して自棄になっているわけでも、卑屈になっているわけでもない。言うなればそれは――“鎖”からの解放だった。
 張り詰めた空気がなくなったルネと黙然たるエルネストの間には暫く不思議と居座りの悪くない静寂が漂っていた。男は不意に月と対面するように身体の向きを変えると、澄んだ声を以て後方の少女に語りかける。
「今日は……見事な月だな」
「……ええ。本当に」
「お前は、月は好きか」
「……以前は、好きでした」
「『以前は』? ……面白いことを言うものだな」
 場違いな話題と質問に眉をひそめ多少の戸惑いを彫り込んだ台詞を返すと、男は口角を上げたようだった。
 舞い踊る風が足下の草を攫って天高く昇ってゆく。
「貴方は……貴方はどうなのですか」
「私か? ……私も月が好きだ。――月は軍師に、似ているからな」
「月は軍師に似ている……?」
 ルネは太陽のような色の髪を靡かせるエルネストから飛び出した思いも寄らない言葉を反芻した。スプリングの正軍師になって幾らかの月日を経てきたが特段そう感受するものも、そんなことを考える余裕も無かったからだ。
 何が言いたいのか、と疑問符を呈すと、男は歌うように次を紡ぎ出す。まるで素晴らしい月に捧げる歌を、歌うように。
「月は日々形を変えて現れ、太陽の影となりどんなに目立たなくとも毎日昇り続ける。軍師は日々形を変えた策を練り、将軍や剛勇達の影となりどんなに目立たなくとも毎日戦を整え、戦を読み続ける。……似ているとは、思わないか」
 それは“軍師”の男が“軍師”の少女に示す、“軍師”の思いだった。
 ようやく――否、初めて自分が“軍師”になったような心地をじんわりと噛み締めながら、ルネは紺碧の夜空に冴え冴えとした青き光を添える月を仰ぐ。
「……そう、ですね。私も“軍師”として、そのお考えには共感出来ます」
 囁きとも取れる返事に、エルネストは首だけを少女へと差し向ける。
 月光に照らされたその顔はまたと無い美しい微笑に彩られ、その眼差しは酷く穏静なものだった。



 + + + + +



 月が、好きだった。
 日々形を変えて現れる姿が、太陽の影となりどんなに目立たなくとも毎日昇り続ける姿が、様々な心情を宿す人間に――報われなくとも諦めずに這いつくばる人間の性に似ている気がして。
 けれども貴方と戦う為に私は私の内にある“人間の心”を棄て、月に対する感情を封印した。
 しかし貴方は、月が好きだ、と。月は軍師に似ている、と言ったから。
 だから私も月に対する感情を解放しよう。
 人間らしい面を持ち、そして軍師らしい面を持つ月への感情を、自分自身に胸を張って誇ろう。


 今も昔も――私は月が、好きだ。


- 作者様より -
 Physical Room C.S.K.様、4周年おめでとうございます!

 今回は初めて『La lune froide』の二次創作に挑戦し、スプリングの正軍師となったルネさんを軸にスプリング側から見た“聖剣戦争”を描いてみました。
 色々と妄想やら趣味やらを詰め込んだ結果キャラクターのイメージをガタ崩ししてしまった感じが否めないのですが……原作者の皆様方、またご覧頂いている皆様方に少しでも楽しんでもらえれば満腹も満腹でございます!

 長さだけが取り柄の拙い文章ではありますが、お祝いとして心を込めて贈り申し上げます。
 このような素敵な企画に参加させてくださりありがとうございました。

 ではでは再度となりますが、Physical Room C.S.K様、4周年本当におめでとうございました!


○周年記念企画

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