4th Anniversery

- 剣の後継 - (作:真波青)

 冬の、キン、と冷えた空気が肌を刺す。
 嵐の前の静けさか。
 敵国との決戦前夜の空は、驚くほどに澄んでいた。
 月と星の明かりに、夜露がきらきらと照らされている。
 そっと天幕を覗き込むと寝台で動く気配がした。



「……アリス?」
「悪い、起こしたか。」
 様子を見に来たんだ、と申し訳なさそうに言うアリスティドにセレスタンは笑いながら言う。
「いや、眠れなくてね。起きていたよ。」
 笑うセレスタンの顔色は、思っていたより悪くない。
 しかし、アリスティドは小さく眉間に皺を寄せた。
「そうか、だが身体に障る。……眠っておけ。」
「ああ、分かってるよ。だけど少し、話をしないかい?」
 しばしの沈黙のあと、ため息を吐きながらアリスティドは頷く。
「……少しだけだぞ。」
 たいがい、俺も甘い。
 そんなことを思いながら、天幕に身体を滑り込ませ、友の寝台の脇に腰を下ろす。
「ありがとう。」
「それで……何の話なんだ。」
 少しの沈黙の後、セレスタンは風に揺れる天幕の天井を見つめながら、滔々と話し出した。
「ねぇ、アリス。君は何のために剣を振るう?……私は、私のために剣を振るってきた。私が、国を、民を、皆を守りたかったからね。血で汚れても、屍の山を築いても、それは私自身の意思だった。」
 夜闇の中、セレスタンの瞳が僅かに揺れる。
「けれど、あの子は望まぬまま争いに引き込まれ、あのような形で歴史の中心に据えられてしまった。……きっと、私は酷いことをしているのだろうね。」
「それを言うなら、止めなかった俺も同罪だろう。」
 そんなアリスティドの返事に、セレスタンは苦笑した。
「私は、常に私の願いのために剣を振るってきた。……あの子は今、何のために剣を振るうのだろうね。」
 呟かれた言葉に、アリスティドはそっと目を閉じた。



 決して広くはない訓練場に、ぽかりとした空間ができている。
 まだ少年と呼んでいい2人の対峙を、周囲が遠巻きに声もなく見つめていたからだ。
 キィン、キィンと甲高い音をたてて、剣と長槍の切っ先が重なっては離れていく。
 剣が、謳っている。
 周囲の者たちとともに、彼らを見つめていたアリスティドがそう思ったのは世辞ではない。
 視線の先で、剣が僅かに触れ、橙色の髪がはらりと床に散る。
 次の瞬間には、相対する少年の黒髪が同じように舞っていた。
 100回の訓練より、1度の実戦が勝ると言うことか。
 若い頃の、伸びしろが大きいのは当然だが、戦況が悪化してからの兵士たち、特に目の前にいる2人の成長はめざましいものがある。
 更に黒髪の少年、リュヌは剣を初めて手に取ってから半年と経っていない。
 数ヶ月前、手加減したとはいえ、初めての訓練で白兵隊隊長の自分から1本をとったのはまぐれではなかったらしい。
 彼が軍へ志願した経緯と原因は悲しむべき事だが、国は有益な人材を兵士として手にしたようだ。
 彼と幼なじみで一緒の班であるコレットも然り。
 魔法を兵たちに教えているサクラは、彼女をなかなかの潜在能力を秘めていると称していた。
 取り巻く戦況は確かに厳しい。
 しかし、光明が見えてきているのも確かだ。
 若き種は芽を出し、確実にその葉を広げようとしている。
 アリスティドがそのような思索に耽っている間に、決着が着いたらしい。
 気づけばリュヌの首の脇に、フォルテュナの長槍の刃が添えられていた。
 ふぅ、と息を吐き、降参だ、というように両手を上げたリュヌにフォルテュナが、ぱっ、と破願した。
 掲げていた長槍を下ろし、リュヌの頬に付いた小さな傷をそっとなぞる。
 その様子を眺めていた取り巻く兵士たちの輪の中から、彼らの親友の青髪の少年が駆け寄り、めぼしい傷を魔法で癒す。
 負けて悔しいのか、僅かばかり拗ねた表情でリュヌがベルナールへと礼を言っていた。
 先ほどまでの緊張感が嘘のように薄れ、対峙する者から親友へと戻った2人から皆の視線が外され、各々の訓練へと戻っていく。
 笑いあう3人の少年たちは、休憩なのか部屋の端へと身を寄せる。
 にわかにざわめきを取り戻した訓練場を、笑みを浮かべながらアリスティドは後にした。



「……アリス?」
 瞳を開ければ不思議そうな顔をしたセレスタンがアリスティドの顔を覗き込んでいた。
「いや、ちょっと考え事をしていただけだ、…ほらもう遅い時間だ。体に触る、お前は休め。」
 あれから季節は移り、あの光景の中笑っていた少年たちは、ひとりはいなくなり、ひとりは歴史の岐路へと立っている。
 そして残りのひとりもまた、その心に、体に、傷を抱えながら戦場を走っている。
 時は、残酷だ。何かを育て、また別の何かを人間から奪っていく。
 不満そうなセレスタンの胸元の掛布を引き上げて押しつけると、アリスティドは天幕を後にした。
 つい、と天を仰げば、輝く月はかなり高く昇っている。
 気がつかなかったが、それなりの時間話し込んでいたようだ。
 月明かりに目を細めると視線の先、人影が見えた。
 噂をすれば影、などと先人はよく言ったものだ。
「……リュヌか。」
 こんな深夜にまだ体を休めていないとは、と自分を棚に上げて眉を顰める。
 声を掛けようとしたアリスティドだが、何事かを誰かと話している様子にその足を止めた。
 痩せた木に背を預け、待っていれば、少し後にひとつの影が天幕へと向かっていく。
 ちいさく息を吐き、月下へ視線をやれば、黒髪の少年はただひとり未だ天の明かりを見上げていた。
「……お前ももう寝ろ。明日は早いぞ。」
 びくり、と肩を揺らし、アリスさま、と口の中だけで呟かれた言葉が白く煙る吐息と共に冷たい空気に溶ける。
「眠れないか?」
 急に任された大役だ。
 未だ幼さの抜け切らぬその肩に掛かる重みはいかほどだろうか。
 つい1年前までは、争いなど無縁な、小さな村で暮らしていた子供。
 少し困ったように笑う少年のその腰には、アリスティドの友が今朝までその身に携えていた剣が差されている。
「ひとつ、お前に問いたいことがある、…………リュヌ、お前は何のために剣を振っている?」
 真っ直ぐに目を見つめながら、アリスティドはそう問うた。
「自分のためです。」
 惑いなく、そう答えた少年にアリスティドは目を見開く。
「守りたいものがあります。守れなかったものがあります。だから、僕は生きたい。
 生きて、生き抜いて。大切な人たちを、ものを、守りたいんです。」
 その言葉は、いっそ傲慢なまでに潔く。
 聖剣の柄を両手で握りながら、夜闇の中、囁くように、誓うように言うリュヌの姿に、友の姿が重なる。

 大丈夫だ、セレス。
 気に病むことはない。
 リュヌは、この少年は、確かにルクシスに選ばれし者だ。
 それを、掴むべき者だ。
 お前の、意志(つるぎ)を継ぐ者だよ。
 ……そう、間違いなく、お前の剣の後継だ。

 そう心の中で呟くと、アリスティドはそっと笑った。
 吐き出した白い息を追うように視線を上げる。天が高い。
「……明日は、晴れそうだな。」
 そして、自分たちの心もまた。


- 作者様より -
 決戦前夜、英雄から次代へ継がれていく「思い」を描いたつもりですが如何でしょうか?

 アリスさまメインですが、昨年に引き続き相変わらずリュヌとフォルテュナとベルが仲好しこよししていているのはご愛嬌・・・。

 12班が好きすぎる・・・。(今回出番がありませんでしたが、コレットも含め)


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