3rd Anniversery

モラトリアム (作:士弦)

 バティスタに駆け寄るリュヌを見たとき、ほっとしたような、不安なようなそんな気持ちがした。
 バティスタならいい。むしろ、バティスタには知っておいてほしかったと心のどこかで思っていたのかもしれない。でも、同時に、今までの関係が崩れるんじゃないかという懸念も頭の端をちらついた。

 反応は予想通り、ってとこだった。
 俺と接する時間は一番長かったはずだが、気付かれていない自信があった。
 実際、あいつは気付いていなかったみたいで――案の定、信じられないって顔で俺を見てた。

 それを見たとき、何かが起こる気はしていた。



 金策の一件が片付いて本拠地に戻った日の夜。俺はテラスに出て、風に当たっていた。自分の金の髪が風に流されるのを見ながら、俺は小さく息をつく。感じ慣れた気配が一つ、俺に近づきつつあった。
「ジル……」
「来ると思ってたぜ?バティスタ」
 背後から投げかけられた声に、俺は振り返りもせずに答えた。バルコニーの上で組んだままの腕に、海からの風が冷たく当たる。
「――すまない」
「なんで謝るんだよ」
 背後で、バティスタが頭を下げたのがわかった。あの時感じた「何か」が起ころうとしていた。
「俺は、お前が女性であることに気付かなかった。色々、無茶なこともさせた……と思う」
「……なんでそうなるかなー」
 俺はため息を一つついた。
「別に俺が女だろうが関係ねえだろ?ラシェル様だってコレットだって、女だけど普通に戦ってるぜ?あのサクラとかいうやつに至っちゃ勝てる気もしねえ。……俺は自分の意志で、野郎共に混じって戦おうって決めたんだ」
「……」
「でも……そもそも俺だって何も言わなかったわけだし、聞かれなかったから言わなかったってのは俺の詭弁で……相棒に隠し事してたのは悪かったって……思ってる」
 自分の声が、尻すぼみになるのがわかった。言いたいことは色々あるのに、うまく言葉にできない。こんなことは初めてだ。
「ジル……」
 バティスタが近づいてくる足音がする。一瞬振り返ろうか迷って――振り返らなかった。そのまま待っていると、バティスタは唐突に俺の頭に手を載せた。
「バティスタ?」
「……一人で、頑張らせてしまったな」
「え……」
 俺は思わず振り返っていた。月明かりに照らされたバティスタは、信じられないくらい優しい目をしていて――思わず、泣きそうになった。
「本当のことを言うと、少し、迷っていた。最初に話しかけるとき、ジルと呼ぶべきか、それともシルヴィーと呼ぶべきか……でも、やっぱりジルと呼ぼうと思った。……そうでないと、何か、壊れる気がして」
「!」
「軍団長たちには、勿論ばらしたりしない。――が、余計なお世話なのを承知で一つだけ言わせてほしい」
 バティスタの目は真剣だった。時間が妙にゆっくりと流れる気がした。
「俺個人としては、別にお前が『女』であることを隠す必要も、あきらめる必要もないと思う」
 息が、止まるかと思った。
 俺はその言葉を、待っていたのか、それとも恐れていたのか――ただ、涙腺が熱い。
「……でも」
 バティスタは俺の頭をぽんぽんと叩いた。
「お前がそのままでいたいなら、それでいいとも思う。それはジルが選ぶことだし、俺はそれを尊重する」
「バティスタ……」
 俺は、泣きそうになっているのを見られたくなくて――顔を伏せた。バティスタはバティスタなりに、色々考えてくれたのだろう。それが、ただ嬉しかった。
「俺は……」
 それだけ言って、少し言葉に詰まった。本当は俺は、どうしたいのだろう。
 俺は――。
「……俺は、『ジル』のままでいたい。このまま、お前の相棒でいたい」
 そう言うのが、精一杯だった。バティスタが微笑んだのが、なんとなく解った。
「そうか。でも何かあったら相談してほしい。――相棒、だから」
 伏せた視線の先に、バティスタの手が突き出された。俺は反射的にその手を取る。手を取ってから、ゆっくりと顔を上げると、バティスタと視線が合った。
「これからもよろしくな。……ジル」
「おう。……足、引っ張んなよ」



 うまく笑えたかは、解らない。
 でも、大事なものは、壊れずにすんだと思う。
 今、ただ一つ望むことは――
 このまま、もう少しだけ。


- 作者様より -
 滑り込みで申し訳ありません。
 ジルとバティスタの組み合わせが好きなので、ほぼ勢いだけで書いてしまいました…
 ちょっとジルさんが乙女過ぎたかもと反省しております。


○周年記念企画

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