3rd Anniversery

思い、願い (作:仲倉 水月)

「ベル!しっかりしろ、ベルー!!」
 血に塗れた僕の体を乱暴に揺すり、涙声で叫んでいるのは、僕の親友で良き相棒でもあるフォルテュナ。
 フォルテュナや僕と同じ班に配属された二人のうちの一人、リュヌはフォルテュナとは逆の方向に座り、ぎゅっと強く、しかし優しさを込めて手を握ってくれていた。
 十二班唯一人の女の子であるコレットは、僕の頭上付近の位置で、口を両手で抑えながら震えていた。彼女の瞳からは涙が零れ落ちていて、何故このようなことになってしまったのか動転しているようだった。
 三人は、僕なんかには勿体なさすぎる最高の友達だった。
 そんなに悲しまないで…。皆にとって僕は憎むべき裏切り者のはずなのに…。



 ある夜、ついにスプリングから一番恐れていた手紙が届いた。
 その内容は、次の奇襲の混乱に乗じて、セレス様を暗殺せよという任務だった。あんなに優しい人を殺したくなんてないし、僕もここには二度といられなくなる。
 しかし、この任務を遂行しなければ、何とか生かしてもらっている母と弟の身が危ない。逆らえれば、どちらかが殺されてしまう可能性が非常に高い。以前任務を渋った時、二人の命を助けたければ…と脅迫されたことがある。それ以来、任務に異を唱えることは出来なくなった。
 その夜は、怖くて眠ることなんて出来なかった。

「おはよ、ベル。お前今日も相変わらず早えな。」
 一睡もせずベッドに腰掛けてぼーっとしていた僕に、いつの間にか起き上がっていたフォルテュナがいつもの言葉を掛けてきた。気が付いたらカーテン越しから日光が差し込んできていた。
「うん…おはよう、フォルテュナ。」
 僕も彼に心配をかけないように、いつもの返事をした。
「今日も眠れなかったのか?すげえ辛そうな顔してるぜ、ベル。」
「ううん…目が覚めるのが少し早かっただけ。大丈夫。」
「そっか。なんかあったら言えよな。」
 顔に出てしまったのか、それとも長年の付き合いのせいか、やはりフォルテュナには隠しきれなかった。それでも、例えフォルテュナでもこのことを知られてはならない。平静を装うしかなかった。幸い、それ以上追及されることはなかった。
 視線のやり場に困り、リュヌの寝ているベッドに移すが、やはり彼が目覚める気配はない。今日は朝から訓練なので、早めに起こさないと大変だ。いつもギリギリなので、待ち合わせをしているコレットを怒らせてしまう。
「おーい、リュヌ、起きろって。」
 フォルテュナがリュヌに何度も呼び掛ける。しかし目覚めるどころか、微動だにしない。フォルテュナの声が段々大きくなっていく。
 リュヌが気付いたのは十数回目になってようやくだった。呆れ顔のフォルテュナとマイペースに伸びをしているリュヌの対比した様子を見て、僕は久しぶりに笑いそうになった。しかしその笑いをこらえ、リュヌにも挨拶した。
「リュヌ、おはよう。」
「遅えぞ、リュヌ。早く行かねーと訓練に遅刻するぜ。コレットも怒るし。」
 フォルテュナがリュヌを急かすが、それ程避難めいた口調ではない。
「んー、おはよう。二人とも早いなあ。もう出る?」
 上着を着ながらリュヌが言った。こういう時、男子は便利だなと思う。コレットが言うには、女の子は出るまで色々と準備が必要らしい。
「俺達は大丈夫だぜ。早く行かないと、またコレットに怒られるんじゃないか?」
「それは嫌だなあ。行こうか。」
 僕も頷き、フォルテュナがまず部屋を出た。次にリュヌが部屋を出ようとしたが、ふと立ち止まった。
「ベル、顔色悪いけど大丈夫?」
 僕の顔をじっと見て、リュヌが心配そうに問い掛けた。リュヌは僕と似た所が多い上、意外と鋭い部分がある。リュヌにまで感づかれるとは思わなかったし、不意打ちだった為、心臓がドクンと跳ね上がった。
「大丈夫…心配かけてごめんね。」
 部屋の鍵をかけ、僕は微笑を浮かべた。腑に落ちないようで立ち尽くしていたリュヌよりも先に、フォルテュナの後を追った。二人を騙していることに罪悪感を覚えながら、どうすることも出来なかった。

「リュヌ、遅~い!!早く行かないと間に合わないじゃない!もう行くわよ。」
 一番後にコレットの元に着いたリュヌは、彼女の怒りの雷を受けることとなった。コレットはリュヌが近付いてきたのを見て、先に早足で歩き始めた。リュヌは走ってコレットに追い付き、彼女に謝った。
 彼らより少し後ろに続いて僕達も歩き始める。こんな時間なので、周りに他の人は殆どいない。大体僕達が最後に集合するからだ。
 案の定、訓練場に入ると他の人は皆来ていた。
「ベル、あんまり無理すんじゃねえよ!」
 弓兵の為三人と一緒に訓練できない僕に、フォルテュナが声を張り上げて心配の言葉を掛けてくれた。
「ありがとう、フォルテュナ。…リュヌとコレットも頑張って。」
「ありがと、ベル。訓練終わったらまたここに集合ね。」
「うん、分かった。」
 確実に、イヴェールの人々、特にこの三人には情が移っていた。三人と別れ、改めて自分の役割を思い出した。セレス様を殺すことも、皆を悲しませることも出来ない。それでも、故郷の家族を見捨てることも出来るはずがなかった。そのことばかり頭を駆け巡って、稽古に身が入らなかった。挙句の果てに、ラシェル様にまで熱でもあるのかと心配させてしまった。こんなことでは駄目だと分かっているのに…。

 訓練が終わり、訓練場の入口に向かうと、もう三人とも終わったようで僕を待っていた。
「お疲れー、ベル。今日はもうフリーだったよね?これから大変になると思うし、これから景気付けに飲みに行こうよ!」
 手を振って僕を呼ぶのはコレットだった。わざと人間関係を持たなかった僕にとっては夢のような話。でも、今はそんな気分じゃなかった。任務のことで頭がいっぱいだった。
「…ごめん、僕はいいから皆で行ってきて。」
「今日くらいハメ外したって罰は当たらねえって。ベルいねえと楽しくねえし。」
 僕がそう言ったのもつかの間、フォルテュナとリュヌに両手を掴まれ、強制的に酒場へと連れて行かれてしまうことになった。二人の腕力に、僕は成す術もなかった。コレットに助けを求める視線を送るが、にこりと笑みを浮かべるだけだった。今日は皆、やけに強引な気がする。

 相変わらず両手を拘束されたまま、ついに酒場へと着いてしまった。僕の手を掴んでいるフォルテュナとリュヌの代わりに、コレットが酒場の扉を開けた。今は昼だからまだ良いけど、夕方を過ぎると酒に酔った大人に絡まれることがよくある。一度散々な目に遭ってからは、一人では出来るだけ立ち入りたくない場所となった。
 フォルテュナとリュヌに引っ張られて中に入ると、客は一人もおらず、静まり返っていた。
「ベル、誕生日おめでとう!」
 腕が自由になったかと思うと、三人の声が揃った。訳が分からなくなって、僕はただ立ち尽くすしかなかった。
「さっきフォルテュナさん達に、今日どうしてもここを貸し切りにして欲しいって頼まれたんです。今日はベルナールさんの誕生日なのに、元気がないって。」
 カウンターの奥に立っていたリディーさんが、呆気にとられていた僕に事情を説明してくれた。そういえば、フォルテュナにだけは誕生日を教えていたんだっけと思い出す。覚えていてくれたことだけでもすごく嬉しいのに、こんなに盛大に祝ってくれるなんて…。
 「じゃああたしは奥にいますから、他に注文があったら呼んで下さいね。」
 リディーさんはそう言うと、奥にある調理場へ入っていってしまった。
 よく見ると、店内は華やかに飾りつけがしてあり、テーブルには美味しそうな料理がたくさん置いてある。四人で食べきれるか分からない程の量だ。貸し切りに飾りつけ、それに大量の料理…金銭的にも時間的にもそんな余裕はなかったはずなのに、どうしてこんなことが出来たんだろうと思ったけど、それよりも三人とリディーさんに感謝した。
 「俺達、訓練が早めに終わってな。でもこんだけ準備するのは苦労したぜ~。」
 「フォルテュナがいきなりパーティ開こうとか言った時にはビックリしたわよ。リディーちゃんが気を利かしてくれてホントに助かったわ。リュヌは全然飾り付けできないし…。」
 フォルテュナの言葉に納得していると、コレットがリュヌを睨みつけていた。リュヌは無言で苦笑いした。
 「ふふ…。」
 思わず、口に出して笑ってしまった。
 「そうそう、お前はそうやって笑ってればいいんだよ。今日はお前が楽しむ日なんだからさ、ベル。」
 フォルテュナに背中を押され、僕は席についた。嬉しいけど、涙が出そうだった。さすがに、こんなに嬉しい時に泣くわけにはいかない。この時にはもう、任務のことは頭から消えていた。
 「…ありがとう、皆。今日のことは絶対忘れない。」

 日が暮れてきた頃、料理も食べ終え、ゲームも終え、他愛ない会話にもきりがついた。
 そろそろ貸し切りの時間も終わるので、酒場から出ないといけない。
 「今日は本当に楽しかった…ありがとう。」
 名残惜しい気持ちもあったけど、僕は感謝の気持ちを表し、楽しい時間の幕を下ろした。
 「どういたしまして。またこうやってパーティ出来るといいわね。」
 コレットが応えると、リュヌも頷き、フォルテュナも口角をつり上げて笑った。
 「そーだな。そん時はスプリングを追っ払ってるといいよな。」
 フォルテュナ達の言葉に、僕は現実に引き戻された。次にパーティが開かれている時には、僕は彼らと一緒にいることは出来ないかもしれない。戦争状態である為、そのことは皆同じだけど。
 「ベル、大丈夫か?」
 いつの間にか俯いていた僕は、はっとして顔を上げた。心配そうにフォルテュナが僕を覗きこんでいる。
 「…そうだね。平和になってるといいね。」
 それは紛れもない僕の望み。イヴェールもスプリングも平和になって、フォルテュナ達が傷つかなくてもいいように、家族が苦しい生活を送らなくてもいいように、皆が安心して暮らせる世界になって欲しい。
 皆、こんな僕に優しくしてくれてありがとう。ずっと裏切り続けてきて、ごめんね…。



 不思議と、刺された痛みはそれ程感じなかった。ただ、皆を裏切り悲しませてしまったこと、優しいセレス様に辛い役目を押し付けてしまったことが、胸を締め付けた。
 こんな僕に、まだ皆は優しい言葉をかけてくれる。僕は裏切り者なのに…憎むべき相手なのに。
 「ごめんなさい…セレス様。」
 ああ、きっとセレス様なら、フォルテュナ達を、スプリングとイヴェールをも平和という道に導いてくれる。人任せにしてしまうというのはとてもずるいことだと分かっているけど、僕はそれが平和への道に繋がると思えた。これで良かったんだ…。

 フォルテュナ、リュヌ、コレット。どうか君達はずっと本当の友達で居続けられますように。君達の道に出来るだけ辛いことが起こりませんように。そして、笑顔で暮らせますように…幸せでいられますように…。
 僕は、君達と出会えて、幸せだったから…。


- 作者様より -
 ラ・リュヌ・フロワード、特にベルナールが大好きでして、この度、拙いながらも小説を書いてみました。
 小説には何度も挑戦しているのですが、挫折ばかりで、きちんと書き上げたのはこれが二度目になります。半分くらいは執念で出来上がっています。(笑)
 冷静に考えると人前に晒すのはかなり恥ずかしいものですが、執念には勝てませんでした。文章力の稚拙さと、原作との辻褄やセリフ、口調等が合ってないかもしれないことに耐えられる方は読んで下さると嬉しいです。
 ベルナールの十二班の三人へ思いを私なりに想像したものです。皆様の解釈と違い、不快になってしまったら申し訳ありません。


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