3rd Anniversery

大妖伝「九尾」 (作:水原怜雅)

 大妖伝 巻之十一「九尾」現代語訳及び解説

 これまでの十巻に見られるように、人間と妖怪の間には密接な関連があった。これは、今(*1)の世の中には殆ど見られないものである。
 この原因は無論一つに絞り込めるようなものではなく、いくつかの原因が重なってのものだろう。物語ならいざ知らず、何か一つの出来事のみで関係が断ち切れるなどということは、現実には滅多にない。

 しかし、そのいくつもある原因の中で、多くの古老たちによって、また数少ない人界に現れる妖怪によって共通して『最も大きいもの』として挙げられるものが一つある。

 この巻で扱う「九尾の大乱」である。



 九尾は妖狐族族長の弟の第三子、つまり族長の甥として生まれた妖である。その毛皮は人の鍛えた刃を通さず、その爪牙はいかなる剣よりも鋭い。その瘴気は新月の闇よりも濃く、体内に熱き狐火を宿す。知識は年を経た梟妖にも決して劣らぬほどであった。

 複数の尾を持つ妖は決して珍しいものではない(猫妖などにも多くの例がある。七巻、十五巻も参照)。しかし、九つの尾を持つ者は未だ嘗て存在せず、またその後も現在に至るまで現れることがなかった。唯一九つの尾をもつ妖であることから、仮の名として(*2)九尾と呼び、本人もそう称した。

 その並外れた力とその禍々しい姿から彼は(*3)忌み子とされ、妖怪社会において疎外されていた。かといって、人間からもその姿は恐れられ、人里を居場所と為すこともできなかった。

 このような居場所を失った忌み子の例は、九尾以外にも多くある。妖怪の寿命は概して人より長い(*4)ため、同じ時期、同じ区域に忌み子とされた妖怪が複数いることは全く珍しくなかった。

 九尾がそれらの忌み子と異なっている点としては、その膨大な力の差だけでなく、自ら居場所を確保するために自分の領土を得るべく戦って土地を奪い取ろうとまで考えたことが大きい。

 後に九尾軍から投降した妖怪が語るところによれば、強さだけを恃み、人間も妖怪も自分の下に平等で、子の忌まれることのない国を作ろうとしていたとされる。ただし、これがいつ頃からの考えか、また彼の本心であったかどうかは分かっていない。

 ちょうど妖怪の間で、長老の代替わりが重なったとき。九尾は地元の忌み子たちを糾合し、各地へ侵攻を開始した。

 これに対し、人間側も妖怪側も初めのうちは一切対策が取れなかった。妖怪側は、若い長老らが思わぬ事態に混乱。また、人間側における妖怪側との交渉役を代々勤めてきた西原家の当主は「妖怪軍の侵略」という事態に際し宮中の強い批判を受け失脚。これらの為に有効な連携がとれず、九尾の侵略を止めることはできなかった。

 その間にも九尾軍は侵略した区域でその地域に居住する忌み子たちを軍勢に加え、着々と勢力を拡大していった。

 そうして、日本の国の半ば(*5)が九尾の支配圏となったころ。一匹の子狸が、人の都の妖怪に対する厳重な警戒を潜り抜けて、人間側の指導者たちの前に使者として現れる。

 この子狸の曰く、九尾は異端であり忌み子とされた存在であり、妖怪の意思を反映する存在ではない、と。また曰く、九尾は一般の妖怪に対しても侵略者であり、敵対者である、と。

 この使者により、人と妖が協力して事に当たる道が開かれた。西原家はこのことを受けて復権、但し失脚時の当主は失意のうちに既に死去しており、後を継いだ新当主が代わって交渉役となる。

 彼は妖怪側の里に自ら赴き、使者の子狸の言に嘘偽りのないことを確認、対九尾の同盟を締結したのであった。

 これによって、戦線は膠着し始める。いくら圧倒的な力を持つとはいえ、忌み子の数は少数であり、圧倒的多数の連合軍との数の差は大きかった。そのまま数年が経った。

 この時期、九尾軍に一人の将が居た。名は雪華(*6)。水と冷気を操る強大な妖である。この妖の働きが圧倒的少数である九尾軍の進退を大きく助けていた。この者は九尾の片腕というべき存在であり、九尾軍の柱石というべき者であった。

 これに連合軍は苦戦を続け、戦線を動かすことができなかった。この戦況が一転、連合軍の勝勢に移ったのはある青年が現れたのがきっかけであった。妖怪に対して絶大な力をもつ白い光を放つ青年。姓を朝倉という。

 この青年は突然前線に現れ、九尾軍の妖怪たちにその光を浴びせ、戦線を連合軍有利に推し進めた。その力を危険視した九尾軍は雪華を前線に送るも、光によって力を発揮できなくなったところを後ろから一人の天狗に二つに分断され、それぞれを陰陽師に封印された。そのままの勢いで九尾軍の一角が崩され、その部分から連合軍に一気に突入され総崩れとなった。その一部は投降、一部は陰陽師によって儀式の末に雪華と同じ異界へ封印(*7)され、一部は朝倉の放つ白き光を浴びて消え去った。

 片腕と恃む雪華も討たれ、軍勢もほとんど離散し、状況不利と見た九尾は自らの拠点に立てこもった。連合軍は数に任せた力攻めを行うが、堅城に籠った九尾の瘴気と炎によってことごとく失敗。少数精鋭の突入部隊を送ることとなった。

 陣容は、人間側は朝倉、西原の他陰陽師が六名。妖怪側からは天狗が二名、犬妖数名というものであった。

 戦いは長きに渡った。瘴気で体力を奪われ、熱い焔で体を焙られ、尾の一撃で壁に叩きつけられる。しかし、朝倉の放つ光をはじめ、西原の振るう剣、天狗らの妖術、犬妖の牙で九尾の体力もじわじわと削られていった。

 九尾の反撃が目に見えて衰えた後。陰陽師たちは陣を敷き彼を二つの異界に封じた。一つは肉体及び本能、一つは理性。

 これによって、九尾の大乱は終結した。

 しかし、このときの互いの力に対する恐れが、人間と妖怪との溝を深める結果になったのだった。



(*1)室町前期とされる。
(*2)原注:今まで何度も繰り返し述べてきたが、妖は真名と仮名を持つ。真名はその妖を支配する手段ともなるため、他の者に明かされることはない。
(*3)九尾の性別については諸説あるが、原文に従う。
(*4)原注:ただし有限である。
(*5)現在日本とされている地域とは異なる。
(*6)原注:仮名。
(*7)このとき封印されたもの及びその子孫が後に「召喚された」妖怪なのではないかという説がある。自らの里に住まう妖怪を呼ぶ力を召喚者が持っていたとするより、封印に干渉したとするほうが現実的にあり得るという見地からである。但し、召喚の伝承も言い伝えの域を出ない。


巻末解説:
 著者不明、室町前期の書とされる大妖伝、巻之十一の現代語訳である。大妖伝については前巻までの解説を参照されたし。
 前巻までは人間と友好的な妖怪について記述されているが、この巻からは、非友好的な妖怪の記述が増えることになる。歴史の流れによる友好関係の薄れを物語る為のギミックであろう。
 訳出するのに用いた原本は、大妖伝の巻の中で最も発見が新しいものである。この巻のみ巻名になった妖怪そのものでなく、それに敵対する側(人間、妖怪問わず)の描写量が多いため、後世の偽書であるという主張も一部にある。
 また、西原家には昔、内容の異なる巻が伝わっていたことを伺わせる資料(『西原家文書』)もある。これが異本であるか、同名別書であるか、またはいずれかが偽書であるかなどは判然としない。
 尚、この巻で扱っている「九尾」と似た妖怪が江戸時代に現れたという伝承がある。この伝承によれば、朝倉という少年がそれを打ち倒したという。この姓は、本文中で重要な役割を果たす青年と同じである。
 朝倉の姓は、江戸時代に将軍直属の治安維持組織として活動した白狼隊の記録に隊士の一人の姓として残っている(『白狼隊誌』、『片桐家文書』)が、この伝承との関係は定かではない。
 この訳文で、古典に対する関心を持っていただければ訳者としては幸いである。


 訳・解説
   文化研究所 如月藍華


- 作者様より -
 飛燕を書こうとして前振りで九尾について書いていたら、九尾の話を超える印象を一エピソードごとに与えるには時間が足りないという状況になってしまいました(苦笑
 そこで九尾の話を独立させてみたという作品です。そのままだとどうもあっさりしすぎだったので古い作品の現代語訳という形をとりました。分量少ないな、大妖伝の一巻。
 せっかくなので文化研究所とか戯言を入れてみました。設定を『木星神話の歴史』と合わせようとした名残です。
 少しでも面白がっていただければ幸いです。


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