Stories

さくら (作:香乃)

 出迎えた私たちに気がつくと、彼女は笑って大きく手を振った。
 あの飾らない笑顔も久しぶりに見る。でもしばらく見ないうちに、彼女は少し大人びただろうか。それもそのはずだ。もう最後に会ってから随分と時が経つ。
 彼女は桜の舞い散る中を抜けて、私たちのもとへ駆け寄る。その姿は本当に絵になっていて、綺麗だなと思った。
 懐かしい。棚の奥にしまいきって存在さえすっかり忘れていたものも、見つけて蓋を開けた途端に中から思い出の品々があふれ出していくように、かつての日々が一気に記憶の中からあふれ出し、浮かび上がっては私の脳裏を彩る。
私は思い出す。彼女のいた日々を、彼女のいない日々を。
 かつての仲間達に囲まれて笑う彼女を前にしながら、あれほど待ち望んだ彼女の再訪の場にいながら、いや少しならいいかと、私はあふれ出す記憶に身を委ね、ほんの少しの間だけ、まぶたを下ろすことにした。


 さくら


 私たちはきっと待っている、君とまた会える日々を、そう言って送り出した帰り道だっただろうか。
 遠回りして紅葉を見て帰ろう、そう提案すると、和泉は快諾した。ちょうどそう思っていたところだと。私たちは昔からよく気が合う。
「行ってしまったな」
 紅く黄色く色づく葉を見上げながら、和泉が言った。
 いつの間にこんなにも綺麗になったのだろう。色づき始めた頃までは覚えている。その後は戦いに明け暮れてそれどころではなくて、平和が訪れるとともに突然美しく紅葉したような、そんな印象さえ受ける。
「ああ、彼女が来てから、あっという間だったね」
 私はそう答えて、この時も彼女が来てからのことを思い出していた。徹平君と共に江戸からやってきた日のこと。和泉のことを知りたいと相談しにきた時のこと。倒れて弱気になった私を励ましたこと…きりがない。
 言ったきり黙りこんだ私の胸のうちを察してだろうか、視線をこちらに戻して和泉が問いかける。
「やはり名残惜しいか?」
 私はかぶりを振って返した。
「確かに行ってしまうのは寂しいけどね…。しかし二度と会えない訳じゃないさ。
 喜ばしいことじゃないか。こうして京にも平和が戻って、彼女は故郷に帰ることが出来て、私たちは今もこうして京の町で紅葉を見ることができる。
 もしも戦いが終わらなければ、こうも行かなかっただろう」
 強がった訳ではない。心底、そう思う。今のこの平和も、彼女がいたからこそもたらされたものだ。ならばその平和を精一杯享受しようではないか。
 それを聞くと、和泉はそうか、と笑った。そしてまた秋の景色を楽しむ。今年は本当に見事に色づいた。今日は秋晴れで、より一層綺麗だ。
「貴久」
「何だい?」
「山形が来てから、強くなったな」
 言われて、思わず和泉の顔を見た。茶化すような風でもなく、思ったことを率直に言った、そんな風だった。
「大蛇族に手酷くやられて参っていた時にも、思った。お前は、本当に強くなった」
 和泉は真っ直ぐにこちらを見て言う。
 ああ、あの時のことか。そう思うと、また一つ、彼女の記憶がよみがえる。自然と笑みがこぼれる。
「強くなったわけじゃないさ。自分に出来ることが何か、わかっただけだよ」
 答えを聞くと、和泉も笑い返した。
 しばらくそのまま何も話さずただ景色を見て歩いた。お互い何を想っているかは何となくわかる。古い付き合いだ。それぞれに、思い出しているのだ。
「本当に、いい子だったね」
 先に私が沈黙を破った。頷いて、和泉が返す。
「ああ、あれだけ邪険にされても俺に近づこうとする奴など初めてだった。
 俺の家の事情まで必死になって追いかけるわ、人の心配はするくせに無茶ばかりするわ、敵にまで情けをかけるわ、人の気も知らないで平気で怪我はしてくるわ…本当に、困ったお人好しだったな」
 いつになく雄弁に語る和泉に、少し驚いた。そして、ふと思いついたことをそのまま和泉に投げかけてみる。
「和泉」
「何だ?」
「君も、鈴音君が好きだったかい?」
 和泉は一瞬きょとんとしてこちらを見た。しかしすぐにまた穏やかな表情に戻る。
 まったく、今さら何を言い出すかと思えば。和泉はそう苦笑して、それ以上は何も答えなかった。
 私たちは昔からよく気が合う。


 和泉が言ったのは、きっとあの時のことだろう。
 大蛇族に襲撃を受けて、皆手酷く傷ついた時だ。江戸から片桐殿がやってきて、私たちは大蛇族封印の術を求めて陰陽師の元に向かった。
 神無月だった。本格的な紅葉の一歩手前の時期で、陰陽師の庵への道はかなり色づいて秋めいていたはずだが、この時はそんなものを見ている余裕なんてなくて、あまり覚えがない。大蛇族のことなんかじゃない。もっと私的で、こんな時に隊長としてあるまじき理由。
「…和泉は、片桐殿のことをどう思う?」
 緊急時に何を言っているのだろうな、心の中で自嘲する。しかし、どうしようもなく気がかりだった。この時の私は、ひどく不安定だったのを覚えている。
「そうだな…、まだ戦いぶりは見ていないが、隙のない立ち振る舞いからするとかなりの実力者なのだろうし、山形や月島が慕っているのを見ると人格者なのだろうな。流石白狼隊の隊長をしているだけはある。
 …どうかしたか?」
「…いや、何でもないんだ」
 そうして、私はこの話題を打ち切った。元より無意味な質問だった。私がどう思おうが、和泉がどう思おうが、彼女にとっては関係ないのだから。彼女が彼をどう思うのか、彼女が江戸に帰るか否か、私には干渉できないことだ。 あれほど隣にいてずっと共にいたのに、この時ばかりは今までのどんな時よりも、それこそ出会ったばかりの頃よりも、彼女がひどく遠い存在のように思えた。そう、私には干渉する術がない。彼女が江戸で過ごした日々に比べると、私の存在はあまりにもちっぽけなものだった。
 そのままお互い黙りこくって歩いた。和泉はやや俯き気味だ。本人は気づいていないだろうが、小さく溜息もこぼしている。おそらくはこれからの戦いを憂えているのだろう。無理もない。私はその場にいなかったが、腕に覚えのある隊士が五人束になっても太刀打ちできず、今も負傷して身動きが取れないのだ。これから訪れる陰陽師が力になってくれる保証もない以上、いやあったとしても不安は拭いきれないだろう。今までの我々の戦いは、努力は、封印が解かれた大蛇族の前には無意味だと言われたようなものなのだから。 和泉はああ見えて脆いところがある。繊細、というようなか弱い類ではなくて、むしろその強さ、硬さ故に柔軟になれずに折れそうになる。神経質と呼ぶのに近いものがあるかもしれない。だからこそ母君のことをあれほど長く引きずり続けた。
 ずっと隣にいるからわかる。表に出さないだけで、いや、脆いからこそ強がって表には決して出さない。それが余計に負担になることも私は知っている。だから私は傍にいて、直接表現しなくともそれを理解して、少しでも和泉の肩の荷を軽くしたい。いつも私が倒れる度に、無理をするなと言っただろうと叱りながら、それでも看病してくれる和泉に、私が唯一出来ること。
「…これから、どう転ぶだろうな」
 だから、その和泉の呟きに目を見張った。
 普段なら決して表したりなんかしない。ましてや口に出したりしない。しかしそれが破られた。これは、相当参っているということか。
 隣にいながら全く異なる悩みが胸を占めていたことに罪悪を感じた。せめて少しでも友の助けになりたいと願って、真っ先に心に浮かんだ言葉をためらいなく口にする。安心させられるように、いつも通りに笑って。
「大丈夫だよ。確かに私たちは大蛇族に対してあまりに無力だ。
 けれども無力であることを知っているからこそ、互いに補い合って戦える。
 …そのために、私たちはこうして共にいるのだから」


 そうそう、この道はかつて彼女と一緒に歩いたことがあった。
 夏の終わりで、周りの木々を鮮やかな緑が彩っていた。晩夏とはいえ木々の間から漏れる日が眩しくて、彼女は手をひさしにして目を細めてその緑に見入っていた。木漏れ日を受けた彼女の長い髪がきらきらと輝いて、私はその様に目を細めた。
「きれいですね」
 彼女が言った。江戸は人々の活気があふれていて好きだけれど、京の自然と調和した穏やかなあり方も好きだと。
「京都の四季は綺麗だよ。
 夏の緑も、秋の紅葉も、冬の雪景色も。一番のお勧めは、春の満開の桜かな?」
 彼女といると、自然と笑みがこぼれた。任務続きで辛い時期だったけれども、彼女が笑顔でいると何となくほっとすることができた。近々、彼女にそれを伝えよう。君は自分で思っている以上に、私たちの支えになっているんだと。そう思っていた。
「桜はあんまり見られなかったんですよね…。卯月にこっちに来て、その後ずっとバタバタしてて、ようやく落ち着いて京都見物出来る頃には、とっくに桜は散っちゃってて…」
 そう言って、彼女は口をへの字に曲げてすねる。そんな子供じみた仕草に、思わず声に出して笑った。
「わ、笑うことないじゃないですか!そんなに私幼く見えますか!?」
 どうやら自覚はあったらしい。そういえばいつだったか、兄によく子供扱いされると憤慨していたか。それも可愛がられている印だろうに。彼女の兄君の気持ちもよくわかる。しかし、言いながら頬を膨らませるその仕草もまたひどく可愛らしいもので、ますますおかしい。
「ごめんごめん。つい、ね。お詫びに桜が綺麗に咲く場所を教えてあげよう。
 …だから、次の桜は一緒に見に行こう」
 その一言に、彼女は顔を輝かせる。
「本当ですか!約束ですよ。絶対連れて行ってくださいね!」
「もちろんだよ。でも桜の前に、まずは紅葉だね」
「はい!」
 そう、桜の前にまずは紅葉を。その次は雪で白くなった京都を。ああ、初詣も行きたいな。そして春が来る頃には、今よりももっと近い距離で桜並木を歩けたら。
 期待に胸を躍らせる。実は彼女よりも、私の方がはしゃいでいたかもしれない。
 頭の中に思い描く、彼女と過ごす京の四季。
 …それは、いつの日か届くと信じていた幻。


 結果として、やはりそれは実現しなかった。
 彼女はきっと帰るだろう。明日かもしれない。明後日かもしれない。
 決戦を終えて、皆で抱き合って喜んだ帰り道。その余韻を残して、私は一人月を見て帰ることにした。同じ武家地の方面に帰るはずだが、和泉の姿は見えない。察してくれたのだろうと思う。古い付き合いだ。
 今日で、すべてが終わった。身体は戦い疲れていた。傷もついていた。それでもすぐに帰って眠ろうという気にならないのは、まだこの日を終わらせたくないからなのだろう。今日、この日はまだ確実に彼女はこの町にいる。その日を終わらせたくなかった。
 最初から、叶うわけなどなかった。私が好きになったのは、彼を想う彼女だった。彼を好きでいることもまた、彼女の一部だった。最初から叶わない前提の恋だったのだ。それを叶えようなどと、ひどい矛盾だ。
 少し、鼻の奥がツンとする。大の男が何をやっているのやら。矛盾していたのは私の方なのだ。そのために彼女に葛藤を与えて、思い悩ませてしまった。私は泣くような立場にない。
 いや、しかし―――
 夜空の満月を見上げる。ひどく大きくて、明るくて、私のことを見下ろしている。
 今日ぐらいはいいか。蒼龍隊が結成されて半年以上、それと同じ期間だけ隊長として皆と共に戦い続けてきた。ようやくこの町に平和が戻ったのだ。今宵ぐらいは嬉し泣きをしてもいいではないか。そう、嬉し泣きだ。この町の平和と、彼女の幸せに。
 そうして、私は泣いた。月の下、恥も何もあったものでなく、ただ、泣いた。
 きっとここがひとつの『終わり』だったのではないかと、私はそう思っている。


 こうして私が泣いたのはこれ一度きりだ。
 理由は、彼女が幸せだから、それでもまだ彼女が好きだから、そして乗り越える強さは彼女がくれたから。
 視界が霞んで、意識が朦朧としていたけれど、あの時もらった言葉は今でも覚えている。
 屯所で眼覚めると、ぼやけた上に物が二重に見える視界に飛び込んできたのは天井と、琴子先生と和泉、甚八君、蘭君、そして泣きそうな顔をした彼女だった。
「気がついたんですね!良かった…」
 音声が反響して聞こえる。少し頭が痛い。痛みがおさまるのを少し待って、聞いた音を言葉として理解しなおす。
 それでも最初は何のことやらわからなかった。ぼーっとして頭がうまく働かない。なぜ皆が私を囲んで集まっているのだろうか。一体何の騒ぎだろう。
 しかしそれもつかの間で、見回りに出ようとして倒れたのだと、告げられて一気に靄が晴れた。ああそうだ、会合の後屯所で横になっていて、和泉が台所で何か作ってくれているのが見えて、いつものことながら申し訳なくて、そろそろ時間だと思って起き上がって、それから…
 そこまで思い出して、見回りに行かなくちゃと起き上がろうとしたのだったか。目覚めて倒れるまでのことを思い出しても、まだ頭がうまく動かなかった。あの時は何を言っていたのやら、妙な事を口走っていなかっただろうか、そう思い返すことが多々ある。そんな状態で見回りなどしても足手まといになるだけだろうに、その時はそこまで考えが至らなかったのだから。
 見回りも徹平君と一郎太君が代わりに行ってくれたらしい。ますます申し訳ないことだ。まったく隊長でありながら私は見回りさえ満足にできないのか。おまけに見回りが終わったばかりの蘭君と甚八君まで働かせてしまって。
 自分に嫌気がさして、高熱で意識が朦朧として、特に意識もせずに思いが口をついて出てしまった。
「たとえ、私がいなくても…蒼龍隊はもう大丈夫だよ。
 私には知識があるわけでもない、戦う力もみんなについていくだけで精一杯だ。病のせいだけじゃない…私は隊長とするにはあまりにも無力だ。
 今はもう私と和泉だけじゃない、みんないるから…それならいっそのこと私は…」
 あれだけ朦朧として視界も音も不確かだったのに、どうしてだろう、その後の彼女の言葉は、表情は、はっきりと思いだせる。
「そんなの嫌です!!絶対に!」
 彼女はいつになく強い口調でそう言った。私が隊長の器じゃないなど思ったことはない、隊長に必要なものは戦う力じゃない、悲しげな顔でさらにそう付け足してから一息ついて、今度はこちらを見守るような、穏やかな表情を見せた。
「それに…私だって無力ですよ。私だけじゃない、みんな同じです。一人では戦えないからこそ、蒼龍隊として一緒にいるんじゃないですか」
 彼女はさらに続けた。その眼は少し遠くを見ているような、まっすぐ私を捉えているのにそのさらに向こうに何かを見ているような、そんな眼。どうしたらこんな澄んだ眼が出来るのだろう、彼女は何を見ているのだろう、そう思った。
「強さっていうのは力じゃなくて、自分を知った上で出来ないことは仲間と協力し合えることだと思うんです。
 だから、貴久さんはご自分が隊士たちにとって必要な存在なんだって、知っててください。それでもっと自信を持って、自分を大切にしてください、ね?」
 そう言って私ににっこり笑いかける。偉そうに言っちゃいましたけど、私も人に言われたことなんです、付け足してから今度は照れ臭そうに笑った。
 その後彼女が囚われて、私は大蛇族の元へ向かった。
 どうしてこんな身体でと後から怒られたけれども、迷うことなんてないだろう?
 呼び出されたのは隊長の私で、ならば救いだすのは私にしか出来ないことなのだから。
 もちろん一人で切り抜けられるとは思わなかったから、皆には遅れてくるように頼んだ。
 確かに、私には病もあれば戦う力もあまりない。けれども、彼女のためなら発作があろうといくらでも必死になれる、それは自分に出来ることだと分かった。
 思えばあの時からずっと、私は彼女を見ている。


 彼女が去っても変わらず日々は続く。
 思い出すことは多い。それでも日々減っていくのだろう。
 だから、彼女の書き置きを見つけた時は不意打ちだった。
 年末は屯所も大掃除を行う。皆で手分けして大掃除をしていた。私は台所の担当だった。
 徹平君と一郎太君のいる談話室からは、ドタバタと掃除とは思われない騒ぎと、時折徹平君の悲鳴が聞こえてくる(余計に埃が積もらないだろうか?)。隣の風呂場からは談話室に向けてか「うるさい!貴様らちゃんと掃除しろ!」と和泉の声が響く(風呂場にいるからいつも以上によく響く)。台所からは見えないが、玄関では甚八君が毎日よく飽きないもんだと呆れているのだろう。前庭は静かだけど、蘭君寝てないだろうか?日向ぼっこに最適な場所だから、少し心配だ。
 彼女が来るまで誰も使わなかった台所は、彼女が去って再び埃だらけに戻った。思えば彼女がここを使い始めたのも、私が倒れた時に食事を作ろうとしたことからだったか。もう随分昔のことのように感じる。剣一筋な子だと思っていたので少し意外だった。彼女曰く「白狼隊の先輩に教わった」らしいのだが、男の料理という感じでなく、本当にお袋の味といった温かい味だった。今でも彼女は白狼隊の屯所で料理をふるっているのだろうか。
 彼女がいなくなってすぐはそんなことを思ったものだが、今やすっかり落ち着いてきて、何をするにも感傷に浸ることはなくなった。いいことだと私は思っている。
 談話室から風呂場から聞こえてくる喧噪に、やれやれと苦笑しながら私は掃除を続ける。
 床を拭こうと、台所の隅におかれた大きめの鍋をどけた。そして、鍋で隠れていたそれを見つけた。細い筆で、主張せずに小さく書かれた、決して上手ではない短歌。

 去り行けど 今なほ京は わが胸に  江戸より願ふ 君に幸あれ

『和歌は好きですよ。読むのも、つくるのも』
 彼女がそう言っていたことを思い出す。好きこそものの、とは行きませんねと付け足して、困ったように笑ったのも覚えている。
 彼女は――――
 思わずその柱に額をつき、目を閉じて体重を預けた。
 彼女は、今もきっと、江戸の屯所で台所に立っていることだろう。そしてそこで今もなお、私たちの平穏を祈り続けている。私が彼女の幸せを願うよう、彼女も私たちの幸せを願っている。
 きっとこの「君」は私だけを指す訳ではない。それどころか見つけられることさえ望んだ訳ではない。ここにいた証を残したかっただけだ。ずっと彼女を見てきた。そのぐらいのことはわかる。
 それでも、それでも私には、今彼女が隣にいて、その言葉を私に向けて語りかけているような、そんな錯覚を感じた。
 ほんの少しだけ目頭が熱かったが、それとわかる大きさになる前に眼尻をぬぐって、私はしばしそのまま柱にもたれていた。
 それ以来、時折私は皆の夜食をつくる。柱のところには鍋の代わりにぬか床をおいた。たまにそれをどけて彼女の書置きを一人読んでいるのは、私だけの秘密だ。


 私は彼女が好きだった。
 うっすら眼を開けて、散る桜の花びらにそっと手を伸ばす。
 花びらはひらひらと舞って、私の指の間をすり抜けていく。
 そう、私は彼女が好きだった。たとえ伸ばした手が届くことはなくても。
 再び瞳を閉ざすと、まだ枯れることなく思い出が湧き出てくる。
 私は色んな彼女が好きだった。
 彼女は笑う。奉行所に町の警備を掛け合いに行った私に、ありがとうと笑いかける。
 彼女は泣く。病で倒れた私が目を覚ますと、無理しないでくださいと涙ぐむ。
 彼女は怒る。町に火を放ち、仲間達を傷つけた大蛇族に怒りを顕わにする。
 彼女は戸惑う。和泉の態度に戸惑いながら、それでも歩み寄ろうと私に相談する。
 彼女は喜ぶ。次の桜を一緒に見ようと約束し、子供のようにはしゃぐ。
 彼女は案ずる。自分は囚われた上に傷ついたのに、助けに駆け付けた私の心配をする。
 夏の木漏れ日の眩しさに目を細める。京都の桜を見られなかったと言ってすねる。子供扱いされて憤慨し、子供のように頬を膨らませる。屯所に泊まり込んだ私たちに温かい朝食をつくる。芽衣君に菓子の作り方を教わったけれども、失敗して人には出せないと頑固に一人で片付けようとする。私も一緒に食べると押し切られて、恥ずかしそうに失敗作を差し出す。口に運ぶ私の表情を不安げに上目づかいでうかがう。おいしいと言うと途端に笑顔になって喜ぶ。会合で茶を入れた和泉に、私の分はくれないかと思いましたとからかう。雪丸を撫でまわして蘭君と一緒に猫の毛だらけになる。一郎太君と徹平君のやり取りの意味にも気付かず、仲が良いですねと微笑ましく見守る。甚八君に向かってうっかりお兄様と呼んでしまい、赤面して慌てる。
 彼女は私の隣を歩く。彼女は笑う。彼女は泣く。怒る。戸惑う。微笑む。喋る。眠る。

 そして、彼女は想う。私の傍らにいながら、遠く江戸の人を想い続ける。


 三人で山を駆ける。
 もう心は決まっている。次に外れるのは、私だ。
 その時が今生の別れになるのか、それとも一時の別れになるのか。
 一時の別れだとしても、その後は帰郷という別れが待っている。奏羅を討って寄り添う二人を見た時から、わかっていたこと。
 森が開けて不気味な光を放つ洞窟が見えてきた。
「気をつけて、何か来る…!」
 二人に注意を促す。光の奥から現れたのは忘れもしない、凍夜と奏羅だ。やはり他の屍人と同様、目に光はなく虚ろで、顔には生気がなかった。その様に鈴音君が息を呑んだのが背中に聞こえた。無理もない、ほんの数日前まで生きて戦い、言葉も交わした相手が敵とはいえこうして死者として目の前に現れたのだから。
 刀を抜いて屍人たちを威圧しながら、横にいる片桐殿に問いかける。
「あの…お聞きしてもいいですか?
 この先の戦い、鈴音君のことを、守っていただけますか?」
 片桐殿は了解してくれた。鈴音君は、泣きそうになりながら、いやもうほとんど泣き出しながらそんなの無謀だと言って聞かなかった。無謀だろうと何だろうと、やらなければいけない時がある。今がその時なんだ。私は彼女に諭して、そして送り出した。
 むしろ自分に言い聞かせていたのかもしれない。無理だろうと何だろうと、想いを断ち切らなければいけない。今がちょうど、その時なんだ。どうか願わくば、君に幸あれ。
「寺尾殿」
 鈴音君の後を追いかけた片桐殿が、立ち止まってこちらを振りかえった。私も屍人から目は離せなかったが、意識だけそちらに向ける。
「貴殿は、強いな」
 横目にだが、彼がうっすら微笑んでいるのが見えた。
「何言ってるんですか。私は弱いです。だから彼女を守るのは、あなたにお任せします」
 私はやや自嘲気味に笑った。しかし片桐殿はかぶりを振って、それから言った。
「己の弱さを知っているからこそ、強いのだ。
 強さとは、己を知ることだと、私はそう思う。
 …礼を言う」
 彼はそう言って深々と頭を下げて、そして鈴音君の後を追って洞窟の中へと駆けて行った。
『偉そうに言っちゃいましたけど、私も人に言われたことなんです』
 そう言って照れ臭そうにした彼女を思い出す。
 ―――そうか、そうだったか。
 私は思う。いつか私がすっかり参ってしまった和泉に向けて言ったように、きっと彼女も弱気になった私に向けて思わず口にしたのだろう、かつての自分に向けられた言葉を。きっと先程のように泣き出しそうになった時に貰った言葉を。
 そう、きっとあの時の彼女の視線の先にあったのは、江戸だったのだ。
 私が好きになったのは、彼を想う彼女だったのだ。私がずっと見ていた中に、ずっと彼はいたのだ。それを含めて、私の好きな彼女だった。もしもその前提がなかったのなら、きっと今とはまた違う彼女がいたのだろう。
 それならば、
「…これで、いいんだ。
 これが…彼女にとって、一番の選択なんだから」
 もはや屍人と私の他は誰もいなくなった洞窟前に、一人呟く。
 断ち切れるかと思っていた想いの数々は、断ち切るというよりは絡まった紐がほどけていくように、きっかけを見つけるとどんどんほぐれ、身体を、心を、軽くしていく。
 片桐殿から鈴音君へ。鈴音君から私へ、そして私から和泉へ。そうして伝わってきた想いは、私にとっての和泉のように、きっと大切に想う人に向けられるものなのだろう。ならば、私が彼女にとってそんな存在になれたことを、心から嬉しく思おう。
「さよなら…鈴音君…」
 彼女の屈託のない笑顔が脳裏に浮かぶ。私も微笑み返す。
 さようなら、愛しい人。どうか君に、君たちに幸あれ。
 ―――そして、屍人たちに向かっていった。


 決戦が終わって、彼女たちが江戸へ帰る日が来た。
 たとえ想いが届かずとも、彼女は蒼龍隊の大切な仲間だ。
 彼女がここに居てくれたこと、一緒に過ごせたことを、本当にうれしく思う。
 だから既に遠ざかって小さくなった背中に向けて、手を振り思い切り叫んだ。
「私たちはきっと待っている、君とまた会える日々を!」
 だから、またこの場所で会おう。
 彼女たちに聞こえたかどうかわからない。
 けれども私はこの京の町で待ち続けよう。彼女とまた会える日を。


 ゆっくりとまぶたを開ける。
 春の日差しの下、桜が舞い散る中、久々の再会を仲間と笑い合う彼女がいる。わざわざ江戸から二人で挨拶に来てくれたのだ。ずっと願っていた、ついにその時が来たのだなと思う。
 私は今でもやはり彼女が好きだった。
 もしもこの世に生まれ変わりというものがあるのなら、その時はと願うことは女々しいだろうか?…それでもいい。いつか生まれ変わる時を信じよう。
 だから今なら言える。輝ける君の未来を願う、偽りのない本当の言葉。
 私は彼女に笑いかけて、言った。

 ―――鈴音君、結婚おめでとう。




                      ―――了―――




<おまけあるいは蛇足 ~失恋男達の宴~>

「寺尾さん、思ったより元気そうでしたね」
 談話室で囲炉裏を囲んで徹平が言った。
「ああ、俺だったらあんなに綺麗に別れられなかったかもな」
 同じく囲炉裏の近くに集まった甚八が言った。火がパチパチと爆ぜていて、すっかり肌寒くなった秋の夜を暖めている。釣ってきた魚も串で囲炉裏に刺してある。
「…雪丸の方が名残惜しそうだったかもしれない」
 囲炉裏を囲んだ三人目、蘭が膝の上の白猫を撫でながら言った。串焼きの魚を狙っていた雪丸が、自分のことが話されているとわかったのかふにゃぁと蘭を見上げる。どうやら熱くてなかなか魚に手を出せないらしい。
 他の隊士は屋敷に戻っていて、ここにいるのは一人暮らしの三人組だけだ。夕食をここで食べようかということになったのだ。甚八が酒も持ってきたので徳利とお猪口も用意してあった。こういうところを見ると今日から男だけの集団になったんだなぁと、しみじみと徹平は思う。
「ところで信澤さん、普段からお酒なんて飲んでるんですか?」
 徹平が甚八に聞いた。下戸には見えないが、そんなに酒を飲むような印象はなかった。
「ん?ああ…この酒か。翌日の巡回に響いたら嫌だからな。普段からは飲まねえよ。
 いや、鈴音がこっちに残ってくれたら残留祝いでもやろうかと思ってたんだけどな…
 結局行っちまったし」
 そう言って串焼きを一本抜き取って齧りついた。熱っ、と小さく悲鳴をこぼす。
「ああ、そっか…。一緒に残れたら良かったのに…っって!!
 俺京都に残ってますよ!?俺の残留祝いは!?」
「あー、いやまぁ…いいかなって。なぁ?」
 問いかけられた蘭はやはりというか何というか目を閉じて寝入っている。手に持ったままの魚に雪丸が前足を伸ばして果敢に挑戦していた、が、やはりまだ熱いらしく前足を伸ばしては引っ込めてを繰り返している。
「俺みんなの仲間ですよね…?ちゃんと蒼龍隊ですよね、ねぇ…?」
「まぁまぁ…、じゃあ今日は徹平の残留を祝って飲もうじゃないか、な?」
 しかしお前その顔本当よく似合うよな、いや良い意味で。と滝のような涙を流す徹平を見て付け足した。良い意味ってどんな意味だ。
「そんな後から付けたように言われても…」
「じゃ、お前の失恋に飲もうじゃないか」
「しししし失恋だなんて、一体誰に失恋したっていうんですか!」
 今度は顔に大量の縦線が入ったのが見えた、気がした。がーん、という形容がこの上なく似合う。本当に表情がころころ変わる。 「え、いやだって鈴音が行っちまったし…」
「まままさか信澤さん、僕が鈴音ちゃんが好きだって気づいてたんですか!?」
「…気付かない方がおかしいと思う」
 いつから起きていたのやら、蘭が言った。甚八も呆れ顔で頷く。
「やだなぁもう…、みんなには言わないで下さいよ?」
 そんな二人に構わず徹平が言う。甚八は、こいつまだ酒飲んでないはずだよな?と苦笑した。これは素だと思います、と横から蘭が言った。
「ま、ともかく隊長が元気そうでよかったよ。こういうのは辛いからな…」
「あれ…信澤さんもそういう経験あるんですか?」
「ん?まぁ…そりゃあるさ。この年まで何もなかったわけじゃないからな」
 そして魚の串焼きを片手に話し出した。


 そう、甚八とて二十三年間生きてきて浮いた話の一つもなかったわけではない。
 明朗快活、根っからの善人で正義感もあり、剣の腕も立ち顔立ちも整っているとあれば女たちが寄り付かない訳もない。恋仲がいたことだってあったのだ。
 ある日その彼女と小間物屋に行った。二人で仲睦まじくあれがいいこれが綺麗だとかんざしや種々の小間物を選ぶ光景は、京に限らず年頃の若者にありふれた幸せそうなものであっただろう。ところが小間物屋の主人も微笑ましく見守る中、勘定を済ませ嬉々としてかんざしを手に取ろうとする彼女を、すかさず手で制して甚八はこう言った。
「これは妹のかんざし」
 結果は言うまでもない。呆れて声も出ないであろう。実際これを聞いた徹平がそうであった。
 彼の愚行と、誰にも負けない妹への愛情を讃えて、彼らはこれを「妹は太陽」事件と呼ぶこととした。


「…妹さん、本当に大切なんですね」
「ああ、そりゃ当たり前だろう」
 呆れて言った徹平に甚八は即答した。流石である。
「…そういえば、俺もある」
「…はいぃっ!?」
 突然ぼそりと口にした蘭に徹平が驚きの声を上げる。
「徹平、それ失礼だぞ。…ま、気持ちはわかるが」
 甚八が笑う。この恋愛事に疎いどころか興味もなさそうな(というか眠りと猫以外に興味はあるのか?)人間が言いだすのだからそりゃあそうだ。
 相変わらず無表情ではあったが、蘭もぼそぼそと語り始めた。


 もちろん蘭とて二十年間生きてきて何もなかったわけではない。
 変人の居眠り魔とは言え、剣の腕も立つし何より文句なしの美男子だ。謎が多いことも逆に女たちの興味を引き立てる(徹平にはこの心理がよく理解できないが)。こちらも女たちが寄り付かないわけがない。よって恋仲がいたこともあったのだ。
 ある春のことだった。彼女が二人で花見に行こうと言いだしたのだ。何と型にはまったありがちな恋人たちの行事であろうか。蘭は特別何かこだわりがある訳ではないので言われたまま了承して花見に出かけることとした。
 そして絶景の桜の木の下に二人腰を下ろし、何と彼女が弁当を作ってきたらしく、頑張ってお昼を作ってきたの、お口に合うといいのだけど云々とこれまたありがちな台詞を一通り並べて、はい!と満面の笑顔で弁当箱を差し出した。しかし―――もう予想がついているかもしれないが―――その時彼女が見たものは、あろうことか蘭の寝顔だった。
 蘭が目を覚ました時、そこに彼女はおらず、あるのは絶景の夕暮れ時の桜だけだったという。この居眠り魔が!と人は思うであろう。実際この話を聞いた二人がそうだった。
 彼の愚行と、そして自分の主義を貫き通す誇り高さを讃えて、彼らはこれを「春の昼の夢」事件と呼ぶこととした。


「……」
 もはや徹平も甚八も頭を抱えるしかない。
「寝ていても話は聞いているのだが、何かまずかっただろうか…?」
 まだ二十年と生きていないうら若き乙女にそれを許容するほどの寛大さ、器の大きさを求めるのは酷というものであろう。
「まあ…そうですよね、剣崎さんですもんね…」
「そうだったな…蘭だもんな…
 …徹平、お前は今日の以外で何かないのか?」
 いたたまれなくなって甚八が徹平に振る。その脇では冷めて触れるようになった魚に雪丸がかじりついていた。…よく見ると蘭のものではなく徹平の魚だったが、徹平は気づいていない。
「そうですね…、今日の以外と言うと――」
 少しだけ話すかためらったようだったが、覚悟を決めたのか話し出した。


 情けない、意気地なしと人には言われるが、徹平とて果敢に挑んだことがなかったわけではない。自分は男でしかも武士なのだ、そう自分に言い聞かせて勇気を奮い起こしたこともあった。そう、恋文を書いたことがあるのだ。宛先は本人が言いたがらないので、ここでは伏せて●●ちゃんとしておこう。
 得意でもない文章を何日にも渡り頭をひねって考え出し、字が汚いと言っては紙を改め書き直した。内容を悩みに悩んだ末に人に相談してみようとも思ったが、一や紫苑がそのようなことに長けているとは思えない(そして本人曰く「いや、紫苑さんにはとてもじゃないけど言えないし」らしい)。ましてや正親に見つかろうものなら面白がって勝手に何を書かれるやらわかったものではない。無難なところで廉次郎が思いついたが、落ち着いて考え直してみるとやはりこれは人に話すべきではないという結論に至り、結局屋敷の自室で一人悶々と悩み抜くこととした。
 そして悩み抜いた挙句ようやく書き上げた、その達成感に浸る間もなく後ろから声がかかった。
「徹平君、何書いてるの?」
「う、うわぁっ!!●●ちゃん、何でここに!?」
 派手に仰け反る(ついでにその時そばにあった柱に後頭部を強打する)徹平に●●ちゃんはにっこり笑った。
「剣の鍛練に付き合ってもらおうと思って来たんだけど…家の人が入っていいって言うから。…ところで、何書いてたの?」
「いいいいやいやいや、そのそのこれはね…」
 涙目になって後頭部をさすりながらしどろもどろになる。
「あ、もしかして好きな人に恋文とか?」
「ままままままさか、そんな訳がございませんではないですか!!」
 ●●ちゃんは明らかに冗談で言ったようなのだが、徹平はそれどころではない。もはや声が裏返って言葉がおかしくなっている。そんな徹平に●●ちゃんはさらに追い打ちのように笑いかけて言った。
「そうだよね、男なのに文で想いを伝えるなんて、意気地なしだもんね」
「…は、ははは、…そう、だよね、うん…」
 くしゃ、と紙を握りつぶす感触が妙に痛かった。


「………くっ、くくっ」
 甚八が背中を丸めて目には涙を浮かべて必死に笑いをこらえている。が、それも限界が来たらしく派手に大笑いした。
「…っあー、もう限界だ!」
「信澤さんそんなに笑わなくたっていいじゃないですか!!
 剣崎さんを見習ってくださいよ!」
と、徹平が蘭の方を指さすと、蘭は相変わらずの無表情だったがぼそりと呟いた。
「………堪えるの、大変だった」
「今の堪えてる顔だったんですか!?嘘っ!?」
 そこでようやく笑いがおさまったのか、甚八が目の端を拭いながら徹平に言う。
「悪い悪い、徹平と鈴音って江戸にいた頃からそんな感じだったんだなと思ったら面白くてよ」
「べ、別に鈴音ちゃんだなんて一言も…」
「いや、そのやりとりと破壊力のある笑顔は鈴音しかありえないだろ」
 少しぶり返してきたのかまたくっくっと甚八が笑う。
「あ、…そういえば酒、まだ全然飲んでませんでしたね」
 蘭が思い出したように言う。
「ん?ああ、そう言えばそうだったな…。せっかくだから飲むか」
 そう言って甚八は猪口を二人に渡して、自分の猪口に酒をなみなみと注ぎ、隣の蘭に徳利を渡す。蘭も同量ほど注ぎ徹平に回す。徹平も手元の猪口に少量酒を注いで、そしてその時にようやく自分のものだったはずの魚の残骸を発見して、あ、と開いた口がふさがらない。
「それじゃ、隊長の失恋と――」
 甚八が悪戯っ子のように笑いながら猪口を顔の高さに掲げる。
「俺達の失恋に―――」
 徹平がいつもの滝のような涙の似合う顔で同じく猪口を掲げる。
「……鈴音の門出と徹平の残留にも―――」
 蘭は最後まで無表情で。
『乾杯!』
 三人の声が重なって―――――

 バタン!!

 ――――最初の一口目で徹平が潰れた。

                      ―――了―――


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